
今回は人気不振で終焉を迎えつつある メルツ政権 を取り上げます。
ドイツでは首相の
「任期中での辞任劇」
は戦後80年の歴史で2回だけ。
しかし、これがこの秋にも起こりそうなほど、現政権はボロボロ。
果たしてメルツ政権、
“Herbststürme”(秋の嵐)
を乗り越えることができだろうか?
この記事の目次
事の始まり
そもそもメルツ首相は、
「会話の仕方」
がおかしい。
首相に就任してから国民を
「働け、怠け者!」
などど、事あるごとに叱咤してきた。
物価高で苦しむ国民は、反感しか覚えません。
なのに
「まだ足りない。」
と感じたメルツ首相、今度は国民を恐喝した。
その勢いで今度はあのトランプまで攻撃。
これで支持率があがると思っているんだから、不思議~。
首相の思惑とは裏腹に、メルツ政権支持率はなんと15%まで下落した。
言わずもがな、史上最低の支持率である。
メルツ政権 新政務会長
このただでも人気のなかったメルツ政権を
「危機」
に陥れたのは、赤ちゃんスキャンダルに端を発した内閣改造が原因だ。
首相は辞任した派閥リーダー(日本でいう政務会長)のポストに、官房長官のフライ氏を起用することにした。
というのもフライ氏は、官房長官の職務に不満。
諜報機関も官房長官の管轄下にあるのに、面白くなかったらしい。
しかし首相の信頼は厚い。
これが幸いした。
首相は氏を
「不運な官房長官」
から解放して、政務会長に起用することにした。
首相にしてみれば、
「恩が売れる」
わけだ。
同時にフライ氏も長年慣れた
「党内官僚の職務」
に戻れる上、ある意味、昇進でもある。
当然、二つ返事で政務会長のポストを受けた。
メルツ政権 新官房長官
しかしそうすると官房長官の席が空く。
メルツ首相はここに、健康保険制度改革で手柄を立てたヴァルケン厚生大臣を起用する事を決めた。
そのヴァルケン大臣、ご覧の通り外見は
「ぱっ」
としないが才能の塊。
政治家なのに他の人(党)を非難するより、こつこつと自分の仕事をこなす事を好む。
まさに官房長官にぴったりの性格。
結果、
メルツ政権 新厚生大臣
が、今度は厚生大臣の席が空になる。
首相はここに幹事長のライネマン氏の起用を決めた。
氏はリスクのない幹事長の職に満足していた。
が、メルツ政権の誕生時
「経済大臣になってくれ。」
と頼まれて固辞した経緯がある。
ここでまた断ると、
「仏の顔も三度まで」
である。
そこでしぶしぶ笑顔で承諾。
しかし厚生分野でど素人のライネマン氏を厚生大臣に起用する人事は、メルツ政権の
「人材不足」
を如実に示している。
メルツ政権 新幹事長
そう、空になった
“Generalsekretär”(幹事長)
のポストだ。
首相はこの職務に、これまで党の財務部長のホパーマン女史を起用した。
党内官僚としてキャリアを積んできた女史は、その外見からわかる通り自信と野心の塊。
わかりやすく比較すると、トランプの嘘をしゃあしゃあと語るレビット報道官のドイツ版です。
羞恥心とは縁がない。
顔色一つ変えず、嘘をつける。
まさに幹事長に欠かせない性格だ。
又、幹事長になればテレビで紹介されて認知度が急上昇する。
だからホパーマン女史はこの
「キャリアップの絶好の機会」
を逃すことはしなかった。
自殺点になった交通大臣更迭
ここまで読んだ段階では、
「うまくいった内閣改造じゃない!」
と思われた事でしょう。
面白いのはここからです。
メルツ首相、
「この機会を利用して、交通大臣も更迭しよう。」
と考えた。
巨額のインフラ整備計画が原因です。
メルツ政権は公共事業を次から次に発注して、
「仕事をしている姿」
を国民に見せたい。
が、交通大臣は
「民間企業を事業にもっと参加させよう。」
と考えた。
結果、巨額の公共事業は遅々として進まず、景気回復は
「絵にかいた餅」
と化していた。
そこで
「どさくさ」
に紛れて、交通大臣を
「息のかかった人物」
にすり替えようとした。
旧交通大臣 Patrick Schnieder
更迭させられることになったメルツ政権の交通大臣は
“Patrick Schnieder”(パトリック シュニーダー)
と言います。
関係ないですが、ロンドンに住んでたヒトラーの異母兄弟は
「パトリック ヒトラー」
って言うんですよ。
顔が結構、似てる、、
話を交通大臣に戻します。
氏はラインランド ファルツ州の大物政治家です。
ここです。
ドイツ統一を成し遂げた、もとい、東ドイツ崩壊時に
「たまたま」
首相だった(故)ヘルムート コール首相も、ラインランド ファルツ州出身です。
州は小さいですが、CDU は常に州選挙で勝利しており、
「発言力」
があります。
その現州知事が
“Gordon Schnieder”(ゴードン シュニーダー)氏
なんです。
後任探し
気が付きました?
どちらの政治家も、名前がシュニーダーです。
そう、
州知事というのは、神聖ローマ帝国内の選帝侯のような存在です。
江戸時代の藩とは全く、別の存在です。
無視して政策を進めると、
「下剋上!」
と反旗を翻します。
その選帝侯の兄のクビを切るわけです。
謀反が起きないように、最新の注意が必要です。
なのに首相は、
「他の人と変えることにした、御免。」
と言いもせず、こっそり後任者探しを始めたんです!
その後任者が
「いいよ。」
と言った後に、
「やっぱり辞めます。」
と辞意。
これがメデイアにすっぱ抜かれます!
CDU ラインランド ファルツ支部 激怒
こうして
面子を潰された大臣は、
「最後の閣議」
を欠席して、メルツ首相と合う事を拒否。
その後、自ら辞職願いを出して、
「最後の名誉」
を保った。
この無礼千万な扱いにCDU ラインランド ファルツ州支部が激怒。
同支部は9月にベルリンで
「首相と意見交換」
をする予定だったんですが、
「最低限の礼儀・尊敬も持たない人物とは合わない。」
という手紙を送りつけると、そのコピーをメデイアにも配布。
これはドイツで
“offener Brief”(公開状)
というもの。
日本の
「果たし状」
に近いです。
新交通大臣
紆余曲折の末、新交通大臣に収まったのは
“Steffen Bilger”(シュテッフェン ビルガー)氏。
国会議員になってから交通部門に携わってきた専門家だ。
しかし氏は
「史上最悪の交通大臣ショイヤー氏」
の無謀な計画を擁護して、3億ユーロ(55億円)もの税金を無駄使いした。
よく言えば上官には忠実。
間違っていても上官を擁護する。
早い話が良識に欠ける人物。
言うなれば、一般的な政治家だ。
メルツ政権 最後の動員!惨敗は必至か?

このメンバーがメルツ政権の
“letzte Aufgebot”(最後の動員)*
だ。
この体制で9月、東ドイツの
- ザクセンーアンハルト州
- ベルリン州
- メックレンブルクーフォーアポマーン州
で州知事選挙を戦う。
しかし支持率が15%のメルツ政権が、勝てるわけがない。
惨敗するのはやる前から明白。
その後、
誰の責任だ?
という議論になる。
そうなった際、メルツ首相を支持する党支部が、どれだけあるだろう。
選挙で負けた東ドイツの支部は、党執行部の刷新を求める。
すでに反対を唱えているブレーメン、ラインランド ファルツ州は、間違いなくこれに同調する。
結局は最も発言力があり、メルツ首相出身のNRW州の党支部が
「どっちの側」
に付くかで、メルツ政権の運命が決まる。
メルツ首相入れ替え議論
ところがである。
2026年5月、メルツ政権のあまりの
「不人気ぶり」
に危機感を抱いた CDU の基幹党員達が
「首相を入れ替えよう!」
と言い出した。
その際に
「次期首相」
として扱われたのが NRW州知事の
“Wüst”(ヴュースト)氏
だった。
そう、
しかし!
そもそもドイツでは首相の入れ替えは、制度上の制約で無理なんです。
唯一の道は首相の辞任。
戦後80年の歴史でこれが起きたのは、2回だけ。
今回の状況に近いのは、周囲から愛想を尽かされて辞意に追い込まれたアデナウアー首相のケース。
すでに
「ほぼ四面楚歌」
のメルツ首相、東ドイツでの惨敗で責任議論は間違いなく再燃する。
その際、渦中の人物ヴュースト氏は、どうするだろう?
メルツ下ろしに賛同すれば、自分が首相になれるのに、
「メルツ氏こそ首相にふさわしい人物だ。」
と言うだろうか?
そんな政治家は居ない!
* 注釈
“letzte Aufgebot”
の語源は、第二次大戦末期のドイツで招集された
“Volkssturm”(国民特攻部隊)
です。
独ソ戦開始時には300万を超える兵士がいましたが、4年に渡る消耗戦で兵士が枯渇。
ヒトラーは敗戦を避ける最後の手段として16歳から50歳の男性を招集して、
「国民突撃隊」
を編成。
ソビエト軍の猛攻を止める防波堤として投入したんです。
この愚行は
“das letzte Aufgebot”(最後の動員)
と呼ばれています。
今のメルツ政権の置かれた状況にそっくり~。
