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ライカ 倒産間際からカムバック!そして売却?

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ライカ 倒産間際からカムバック!そして売却?

今回はドイツのカメラメーカー、ライカを取り上げます。

世界初の小型カメラの生みの親です。

が、コダック同様にデジタル化の波を完全に寝過ごし

「ほぼ倒産」

まで業績悪化。

ここで白馬に乗って現れた

「救世主」

が、ライカを救います。

ライカの歴史

会社の始まりは1849年に

“Wetzler”(ヴェッツラー)

参照 : Wetzler

 

で起業した

“Optische Institut”(光学研究所)

です。

 

主要製品は顕微鏡。

この会社に

「機械工見習い」

として入社したのが、

“Ernst Leitz”(エルンスト ライツ)

でした。

参照 : Ernst Leitz

 

会社の創業者、その後継ぎが相次いで死去すると1869年、ライツは会社を買収して

“Optisches Institut von Ernst Leitz”

と改名。

これが今日まで

「ライカ」

の名前で知られているライツ社の誕生史です。

名前が長いので、以降

「ライツ(社)」

と呼びます。

オスカー バルナック

1909年、ライバルの

“Zeiss”(ツアイス)社

で働いていた技術者の

“Emil Mechau”(エミール メシャウ)氏

が、本人の言葉によると、

「ガチガチの上下関係」

に嫌気が差して退社。

その後、ライツ社に就職すると

「家族経営の会社」

の雰囲気にいたく感激、

「ツアイスから技術者を引き抜いてやろう!」

と企てます。

彼が声をかけたのが

”Oskar Barnack”(オスカー バルナック)氏。

参照 : Ernst Leitz

 

でした。

バルナック氏は

「主任技術者としてライツに来て欲しい。」

という要請を

「健康上の理由」

でお断り。

するとライツ社の社長とメシャウ氏が、バルナック氏の住むドレスデンにまで

「三顧の礼」

をして

「ウチに来て欲しい。」

と頼むと、もう

「嫌」

とは言えず、承諾します。

今で言うヘッドハンテイングですね。

ライカ アインツの誕生

バルナック氏はライツ社でまずは

「映画用カメラ」

を開発を任されます。

言い替えると

「35mmフィルムを正しく露出できる映画用カメラ」

の開発に取り込みます。

ところが氏は映画用カメラ開発の合間に、写真撮影用の小型カメラを

「個人的な趣味」

で、試作しちゃいます。

これが世界初の小型カメラ

“Leica 1″(ライカ アインツ)

です。

参照 : Leica 1

 

「会社の設備や資材を自分の趣味に使っちゃダメ!」

という制約がないのが素晴らしい。

こういう

「発想・研究の自由」

が発明を生みます。

世界的な大ヒット!

バルナック氏が

「世界初の35mm小型カメラ」

を社長に見せるも、

「こんなものが売れるのか?」

と疑心暗鬼でした。

当時は映画が流行っていた時代ですから、無理もありません。

その後すぐに第一次世界大戦が勃発。

カメラどころじゃなくなります。

氏が発明したカメラに話が

「戻ってくる」

のはほぼ10年後です。

というのも1920年代、ドイツ経済が復興の兆しを見せたので、

「今なら売れるかも?」

となったわけです。

やっと

「大量生産に向けた開発」

が始まり、1925年から販売開始。

この年だけで900台のカメラを販売。

以降は毎年1600台。

1927年以降は3200台のカメラを販売して、ライツ社はカメラ事業のお陰で黒字を達成。

しかし元々病気がちだったバルナック氏は、1936年に死去。

幸か不幸か、第二次大戦までに

「ライカ アインツ」

はそこそこ普及しており、第二次大戦中の記録映像が数多く、残されることになりました。

ライカ の誕生

ライツ社にとって幸いだったのは、会社がヴェッツラーというド田舎にあった為、戦争被害はかなり限定的だった事。

戦後、早期に製造を再開することができ、

「黄金の60~70年代」

を享受。

陰りが出始めたのは80年代です。

経営者が会社を分社化、さらに細分化。

子会社の下に孫会社を作り、会社のすそ野を広げます。

その際、

「カメラ事業」

を株式上場するため、

”Leitz Camera”(ライツのカメラ)

を改め、

“Leica”(ライカ)

が誕生します。(1986年)。

この為、1986年までに生産されたモデルには

“Leitz”

のロゴが入ってます。

デジタル化の波に乗り損ねる

90年代からライカは坂道を転がり落ちていきます。

そう、デジタル化の波に乗り遅れたんです。

何しろ、

「世界初の35mm小型カメラ」

を作った会社ですからね。

コダックと同じく、フィルムカメラにこだわり過ぎました。

が、会社が業績不振なので、デジタルカメラを開発する金がない。

あるのは

「有名な名前」

だけ。

そこで日本の富士フィルム社から技術提供を受けることに。

しかし!

富士フィルムが当時製造していたデジカメはお世辞にも、

「出来がいい」

と呼べたものじゃない。

ライカは技術提供を受けても、悪戦苦闘。

そのライカの状況を見て、

「いざ鎌倉!」

と株式を買収をしたのがおフランスのブランド品メーカー

“Hermes”

です。

今、同じく落ち目のカメラメーカー

「ニコン」

の株を

「また」

おフランスの高級品メーカー

「エシロール」

が買い漁ってます。

状況が酷似しているのは面白い。

ほぼ倒産

2001年、ライカは赤字に転落。

これもニコンと酷似

ニコン 過去最大の業績赤字 何がマズかった?

ライカは支払い不能を避けるため、子会社を次々に売却します。

が、

「パンクしたタイヤに空気を入れる」

ようなもので、売却益はすぐになくなります。

大株主の

“Hermes”

さえも

「もう駄目ぽ。」

と株式を売却。

2005年になると、

「ライカ 支払い不能か?」

というニュースが出回るようになり、伝統メーカーがまたひとつ消えていくのは、

「時間の問題」

だった。

倒産間際からカムバック!

この

「ほぼ倒産」

という危機的状態で、ライカ株式の96,5%を買い占めた

「もの好き」

が居た。

それが今のライカの社長であるオーストリアの企業家、アンドレア カオウフマン氏だ。

 

一体、何を血迷ったんでしょう?

カオウフマン氏、私財から数十億をライカに投資します。

そのお金があってライカは2006年、初のデジタルカメラ

“Leica M8”

の販売にこぎつけます。

参照 : Leica M8

 

このカメラのセンサーはなんと、コダック製。

そう、デジタル化を寝過ごして倒産する会社が、デジタルカメラ用のイメージセンサーを販売していたなんて!!

そして

「ライカ M8」

は、不思議なことに完売したそうです。

2009年には

「フルサイズカメラ」

である

“Leica M9”

の販売を開始。

これも不思議なことに完売したそうです。

お陰でライカは2010年には黒字を達成!

株価が一気に高騰します。

この辺はBMWの復活劇と一緒です。

BMW 誕生100周年 – 危うく倒産から大企業に成長!

BMWを救ったクアント氏と違うのは

「機を見るに敏」

なカオウフマン氏、ライカの株式44%を米国の投資会社

“Blackstone”

に売却して大儲けした事。

ライカ 復活の鍵

ライカが他のカメラメーカーと同じ道を辿らなくて済んだのは、差別化の企業戦略でした。

 

今、ニコンが赤字で苦しんでいます。

というのもニコンのカメラで売れるのは10~20万円台の

「薄益モデル」

だけ。

この

  • 物価高
  • 原材料の高騰
  • 人件費の高騰

の中、新型カメラを

「20万円そこそこ」

で売っても、利益なんか出ません。

そこで

「起死回生」

を狙って高いカメラを出すも、あの

「ニコン信者」

でさえ、

「高すぎ!」

とニコンのカメラを買わない。

これがライカとの違い。

ライカは

「有名な名前」

を利用してカメラの製造台数を絞り、

「高級路線」

で行くことにしたんです。

なにせ20年前に販売された

“Leica M8”

の販売価格が70万円です。

私が20年間に買った

「ニコンD90」

は12万円。

雲泥の差です。

もっとも撮れる写真はニコンの方がはるかにシャープ。

なのに

「ライカ」

という名前に消費者は70万円も喜んで払ったんです。

お陰で会社の業績も回復。

ニコンとライカ、ブランド力の違いです。

ソニー製から中国製に

ここで質問です。

質問
カメラの電子部品で一番大事なのは何?

 

そう、イメージセンサーです。

これが

「駄目」

だと、どんなに優れたレンズでも写真は駄目。

では次の質問。

質問
世界一番の占有率を誇るイメージセンサーの製造会社は?

 

そう、ソニーです。

 

“Iphone”は勿論、グーグルの”Pixel”のイメージセンサーも、ソニー製です。

勿論、ニコンも。

その優位を保持するため、ソニーは新工場を建設。

すると政府も補助金を出すほどソニーは

「日本で最後の最先端半導体メーカー」

なんです。

一方、ライカはコダック倒産後、オスラーム社(独)のイメージセンサーを使用してました。

参照 : ams-osram.com

 

が、

「100万円もするカメラにふさわしいイメージ」

が出せない!

そこでライカもソニー製のイメージセンサーに変えたんです。

が、2026年になって、

「Gpixel社(中国)とイメージセンサーを共同開発する。」

と言い出しました。

参照 : petapixel.com

 

ソニーが

「ライカだけのイメージセンサー」

の開発・提供に

「いい顔」

をしなかったのが、その根拠と言われています。

だってライカのように販売台数が少ないメーカーに、独自のイメージセンサーを開発するとペイしません。

そこでライカはこれを逆手に取り、

「ライカ独自開発のイメージセンサー搭載」

と謳い、販売価格をさらに釣り上げる狙いもあります。

ライカ 売却?

そのライカ、高級路線のお陰で2024/25年度は過去最高益を記録。

投資家なら

「業績が過去最高益を記録したら、株を売れ!」

 

は、常識です。

最大株主のカオウフマン氏から株を買った”Blackstone”が、株式の売却を打診中。

 

買い手は中国の投資ファンド

“HSG”

です。

その投資ファンド、カオウフマン氏が保有する55%の株も

「取得したい。」

と打診しているとの報道。

そもそもライカは中国の電子機器メーカー

”Xiaomi”

とジョイントベンチャーも組んでおり、中国市場に

“All in”

してます。

ドイツの伝統企業が中国企業に買収される時代が到来。

メルセデスも危ういよ!

-ドイツ史, 企業史

執筆者:

nishi

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