今回は オーストリア総選挙 についてです。
日本では、
「オーストリア?オーストラリアじゃなくって?」
というくらい関心が低いので、まずはこれまでの経緯から紹介していきます。
この記事の目次
最年少首相の誕生
2018年、社会民主党のケルン首相は、政策上のミスを犯します。右翼の人気に嫉妬して難民受け入れ派から、反対派に脱皮しようと方向転換。これが支持層に全く受けなかった。
首相の支持がぐらついたとみるや、直ちに連立政権を解消、総選挙に打って出たのが若干31歳の国民党 / ÖVP の党首、クルツ氏だ。甘いマスクに加え、右翼思想をまるで宣教師のような巧みな話術で語ると、オーストリア国民は氏に、オーストリアの将来を託することにした。
こうしてオーストリア史上、最年少の首相が誕生した。
右翼連合政権の崩壊
ところがクルツ氏が連立政権のパートナーに選んだ極右政党 / FPÖ の党首は、隠し撮りされているカメラの前で偽物のロシアの大富豪に、政治献金の引き換えに公共工事発注の約束をしてしまった。
これは、「イビッツア ビデオ」として歴史に名前を残すことになる、巧妙な罠だった。一部始終がテレビで放映されると、首相は連立の解消を宣言。2019年9月末に総選挙が行われることになった。
参照 : オーストリア 右翼連合政権破綻 – イビッツア ビデオ
こうして選挙戦の火ぶたが切って落とされたが、過去の悪事が明るみに出て目も当てられない政党、選挙運動の目標設定を誤っている政党、追い風に乗って好調な選挙運動を展開している政党など、運命はこの時点ではっきり分かれていた。
オーストリア総選挙 – 前夜
クルツ首相の判断、「スキャンダルが公になったその日に間髪おかず、連立政権を解消する。」は、”goldrichtig”(金のように価値のある正しい判断)だった。
その後、極右政党 / FPÖ の党首シュトラッヘ氏が個人のお買い物に党の資金を流用するなど、さまざまなスキャンダルが次々出てきた。あまりの醜態に、極右政党 / FPÖ が(元)党首の党員資格はく奪を検討する諮問委員会を招集したほど、ひどかった。
もしあの時、連立を解消していなければ、クルツ首相の判断能力を疑われる羽目になっていただろう。首相の地位を失っなっても連立を解消するという果敢な判断をしたお陰で、極右政党のスキャンダルが報道される度に、クルツ元首相の株があがった。
社会民主党 – 復讐戦
一方、クルツ元首相の裏切りで政権から転がり落ちた社会民主党は、ウイーン出身の女性を新しい党首に選出して、支持率の挽回を狙っていた。イビッツア ビデオをはじめとするその後の数々のスキャンダルで、極右政党が支持率を落とすのは確か。
社会民主党は、その浮遊票を自身の陣営に取り戻す選挙戦を行うべきだった。が、恨みを果たすべく、選挙運動はクルツ氏を非難することに重点が置かれた。クルツ氏の人気が落ち目なら、この選挙運動は効果があるだろう。
もしそうでない場合、クルツ氏へ向けた非難が、そのまま自身にふりかかってくるかもしれない危険な戦略だった。誰だって、自分のアイドルが非難されたら、気分がよくないだろう。
緑の党 – 追い風選挙
ドイツと違って、オーストリアでは緑の党は日の目を見ず、5%の境目で戦っていた。(注1)オーストアはカトリック国。すなわち保守的な国。保守的な国ではリベラルな党は、なかなか受け入れられない。イタリアやギリシャ、それに日本がそのいい例だ。
しかしながら、今度はちょっと事情が違った。我々が日々実感できる地球の温暖化、そして“Friday for Future”の環境保護運動の高まりが、アルプスにある小さな保守国家でも、無視できない政治運動となっていた。余程間抜けな選挙運動をしない限り、追い風に乗って5%の境目を突破することは可能だ。
オーストリア総選挙
9月29日、オーストリアで総選挙が行われた。今回の選挙では、手紙投票の登録をした人が過去最高に達したという特異な点があった。(注2)選挙への関心が低ければ、誰も手紙投票の登録などしないだろうから、総選挙への関心は高かそうだった。
お陰で投票の最終結果がでるには、さらに数日かかる。このため、開票から24時間後の得票率を参考に、誰が買ったか、負けたか、紹介します。
総選挙の勝者 ①
開票の結果、38.2%の得票率を記録して第一党の地位を確保したのは、前クルツ首相の国民党 / ÖVP だった。先回の奇襲的な総選挙よりも、6.7%も得票率を伸ばした。
参照 : welt.de
選挙前の世論調査で国民党に有利な選挙戦が予想されていたが、ふたを開けてみると、予想を上回る得票率で周囲を驚かせた。なによりも1年半で首相の座から転落したクルツ氏にとって、この選挙結果は大きな喜びだったに違いない。
この結果を見る限り、イビッツア ビデオは国民党 / ÖVP にとって天の恵みだった。これだけの得票率があれば、先回と異なり、連立政権のパートナーを自由に選ぶことができる。連合政権内でも国民党の発言力が高まり、大事な官庁に自身の党の大臣を吸えることができる。
それもこれも、キャンダル発覚後、間髪おかず右翼連合決裂させたクルツ氏の決断のお陰だった。他の政治家なら首相の地位に固執した挙句、相次いだスキャンダルの火の粉がふりかかり、得票率を落としていただろう。
総選挙の勝者 ②
総選挙のもうひとりの勝者は、緑の党だった。順風漫歩な選挙戦を展開、大きな失態もなく、12.9%の得票率を獲得した。2年前の選挙と比較すると、9.1%も得票率を伸ばした。クルツ人気で勝利したあの国民党でさえ、6.7%の得票率の伸び率だった事を考えれば、大躍進だった。
やはり折からの環境保護運動の高まりが、大きな追い風となったようだ。
みじめな敗者 ①
得票率を伸ばす党があれば、これを失う党がなければ、数字が合わなくなる。最も大きく投票率を落としたのは、極右政党の FPÖ だった。先回から9.1%も得票率を落として、16.9%の得票率に留まった。あの落ち目の社会民主党にも抜かれて、第三党に凋落した。
奇遇にも極右政党が失った失票率は、緑の党の得票率の伸びと同じで、数字上は右翼政党に愛想をつかした人が、そのまま緑の党に移ったことになる。オーストリア国民の関心は、難民問題から環境問題に移ったようだ。
日本のメデイアはそれも相変わらず、「オーストリアは右に寄った。」と報道していたが、何を根拠にして、そのような報道をしているのだろう。
トランプ政権、安倍政権がどんなスキャンダル、失言をしても、支持率は40%を割ることがない。しかしオーストリアでは、ただのやらせビデヲで極右政党の支持率が、12.9%まで落下した。
しかるに、「オーストリアが右に寄った。」と言うなら、右翼政党の支持率が40~50%の米国、日本はどう描写するのだろう?
みじめな敗者 ②
もうひとりの敗者は、社会民主党だった。先回の負け戦よりもさらに5.6%も得票率を落として、21.2%の得票率に転落した。通常、スキャンダルが起きると、野党にとっは棚から牡丹餅。度あることに、これを指摘するだけで、得票率を伸ばすことができる。
しかるに社会民主党は、政府与党のスキャンダルを追い風にできなかった。国民の関心事である環境問題をもっと選挙スローガンにもってくるべきだったが、クルツ氏への復讐を優先した。
国民はクルツ前首相に好意を寄せたため、社会民主党の選挙運動は全くの逆効果をおよぼした。ドイツでは、「他人の墓穴を掘るものは、自分が落ちる。」と言う。まさにその通りの結果になった。
オーストリア総選挙 – 連立のパートナーは誰に?
一見すると国民党のクルツ氏は連立のパートナーを自由に選べる、とても有利な立場にある。落ち目の社会民主党や極右政党、それに緑の党、どの党をパートナーに選んでも、国会で過半数を制することができるのだ。(オーストリアでは第一党には、ボーナスポイントが加わる選挙システムです。)
しかし逆にこれがパートナー探しを困難にするかもしれない。
社会民主党
社会民主党は選挙戦で、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。」でクルツ氏へのネガテイブキャンペーンを張った。そして今でも社会民主党は、「今の逆境は自分のせいではなく、クルツ氏のせい。」と、敗戦の責任を認める度量もない。
選挙戦が終わったからといって、「これまでのことは水に流して、、。」とはそう簡単には行かない。結婚するまでは相思相愛で、数年後に離婚する際には憎しみ合うカップルのように、お互い相手の悪い所ばかりみている。
余程のことがない限り、社会民主党との連合は有り得ない。
極右政党
もし極右政党と連合を組むと、「また連合を組むななら、何故、連合を解消したの?」と聞かれ、非難はまぬかれない。もっともそんな非難には、「FPÖ は刷新した。」等、さまざまな言い訳をちゃんと準備している。
これが多少、辻褄が合わなくても、氏の巧みな話術と人気で国民は説得されてしまうだろう。
しかし将来、またしても同様のスキャンダルが浮上してくる可能性もある。極右政党の地下室にどれだけ爆弾が眠っているか、知っているのは本人だけ。これが爆発した際は、首相も責任を問われかねない。
言い換えれば極右政党との連合は、ダモクレイトスの剣のようなもの。落ち着くことはできない。極右政党との連立もまずあり得ない。
緑の党
すると残るのは緑の党しかない。緑の党はこれを百も承知しているので、その代償を求めてくるだろう。正確に言えば、日本では誰も想像できない環境保護対策の導入だ。日本同様に保守的なオーストリアにとって、これは自衛隊を軍隊を憲法に明記するようなもの。
そう簡単に受け入れられるものではない。
ポーカー戦
こうした背景もありクルツ氏は、「すべての政党を連立政権の話し合いをする。」と明言した。他の党へ関心がある事を緑の党にみせつけて、過度な要求を抑え込もうとしている。
しかし誰が考えても、連立の最有力候補は緑の党だ。社会民主党、極右と違い確執がなく、素直な話し合いができる。しかし過度の環境保護政策は、オーストリア企業の足かせになるかねない。緑の党に痛い所を握られて、あまりに譲歩すると、ただでも景気が悪化している今、経済への負担となる。
景気がさらに悪化、出業率が上昇すると、人々は環境保護よりも経済政策を重視する。なれば世論はまたしても極右政党、それに社会保障制度の充実を謳う社会民主党のリバイバルを助けることになりかねない。
そこで、「いいんですよ、無理に組まなくても。」というはったりで緑の党の(過度な)要求を抑え込んで、連立パートナーに誘い込むという交渉術が必要だ。緑の党にとっても、あまりにも要求を高く上げ過ぎて、政権に参加できなくては、元も子もない。
連立交渉の可否は、緑の党がその成果を自慢でき、国民党も我慢できる環境保護政策を見つけることができるか、この点にかかっている。
欧州初!保守派 + 緑の党 連立政権
予想していた通り連立政権交渉は長引いた。総選挙から2か月に渡って連立交渉を続けていたクルツ氏率いる国民党は、お正月の1月1日、緑の党と連立政権の合意に達したと発表した。
参照 : spiegel.de
欧州ではこれまで保守党と緑の党の連立政権が誕生した試しがない。保守と環境保護は反りが合わないのだ。しかるによりによってガチガチのカトリックの保守国家、オーストリアで初めて保守党と緑の党との連合が誕生した。
クルツ氏の交渉能力、必要とあれば、意見が合わない相手に妥協する勇気がなければ、この初めての連立政権は誕生しなかったろう。国民党はどれだけ譲歩を強いられたのだろう。連立政権の合意内容を見てみよう。
連立政権の合意内容 – 2040年までに二酸化炭素排出 実質ゼロ
まずオーストリアは、2040年までに二酸化炭素排出、実質ゼロを目指す。(注3)この目標に到達するために火力発電を廃止、再生エネルギーに変えていく。それも急ピッチで。すでに10年後の2030年には、オーストリアのエネルギーは100%、再生エネルギーから得るという。
ちなみにドイツ政府は2050年までに二酸化炭素排出、実質ゼロを目指す。これを見れば、オーストリアの新政権がどれだけ野心的なプログラムを打ち立てたか、わかる筈だ。しかもよりによって保守国家で。
口だけで終わらせず、この目標に達するため、大幅な権限を与えられたスーパー官庁が誕生する。それは環境、エネルギー、交通、革新、技術省だ。一体、どんな意味があって、スーパー官庁を設立するのか?
ドイツでは環境大臣が大胆な環境保護対策を求めると、交通省、産業省がこれに反対して、環境保護政策は政策にならずに、闇に葬られる。これを避けるため、環境省、交通省、さらには産業省(の一部)の権限をこのスーパー官庁に与え、大胆な政策の導入を可能にする。
そしてこのスーパー官庁には、緑の党の大臣が就任する。
女性進出、減税、難民
この大胆な環境保護政策同様に、これまでは「有り得ない」政策のひとつが、大規模な女性大臣の登用だ。
保守国家オーストリアでは、日本同様に(卑弥呼を除けば)女性がトップの座に就いたことがない。この法則が初めて破られたのが、イビッツア ビデヲ スキャンダルによるクルツ首相の退陣だ。空いたポストには最高裁の女性長官が就任した。
これでタブーが破られて、「前例ができた」のか、新政権ではなんと9名の女性が大臣に就任する。一方、男性は8名。勿論、オーストリア史上、初の試みだ。
そして低所得者への所得税率が、現行の25%から20%に減額される。課税限度額をいじる方法もあったが、所得税率を下げることで、より多くの国民が恩恵を受けることになる。尚、ドイツやオーストリアには、「住民税」はありません。所得税だけです。
そして法人税も25%から21%に下げられる。ドイツの15%に比べるとまだ高いが、それでも企業にとってはありがたい。
難民問題。ドイツとフランスは沿岸諸国、ギリシャ、イタリア、スペインに到達した難民を、EU内で公平に分配する提案をしている。これによりイタリアやギリシャの経済負担を減らし、ポプリストの台頭を防ぐ狙いがある。緑の党はこの案に賛成していたが、ここは保守派の国民党が勝った。
次回のEU首脳会談ではクルツ首相は難民分配案を否決して、この案は廃案となるだろう。さらに難民申請で申請が通らなかった偽装難民を収容する施設(収容所という言葉はタブーです。)を設置、強制送還するまで「檻の中」での生活を強いる案も、国民党が主張を通した。
合意案は300ページにも渡る内容なので、すべて紹介することはできません。骨子を見る限り、2か月にも渡って協議を続けてきただけあって、充実した内容になっています。
とりわけこれまでのタブーを破り、環境保護 & 女性進出の後進国から先進国への脱皮を目指してる点は評価できます。
新 オーストリア連立政権誕生
今週末、緑の党は臨時大会を開き、ここで連立合意案を採決する。初めての政権参加ということもあり、承認されることはほぼ間違いなし。あとは国会で正式に首相が選出され、これまた緑の党出身の大統領から就任を認可されるだけ。
2020年1月の第二週目には新政権が誕生するだろう。
(注1)5%ライン
ナチスなどの危ない政党台頭を避けるため、弱小政党は得票率の5%を確保しないと議席をもらえない仕組みです。
(注2)手紙投票
オーストリアの大統領選の際、手紙投票のために有権者に送った数万通の返信用の封筒、のりが渇いてくっつかないという事態が発生。秘密投票の手前、これでは不可。結局、封筒を発注し直すことになり、大統領選挙が大幅に遅れることに。
(注3)二酸化炭素排出、実質ゼロ
日本政府は、「2050年までに二酸化炭素排出、実質ゼロを目指す。」と目標を掲げるのはよいが、その一方で火力発電所、とりわけ二酸化炭素を大量に放出する石炭発電を推進、さらには外貨を稼ぐために、石炭発電を輸出しようと計画。
国連の事務総長が環境保護を求めた翌日、日本の経済産業大臣は石炭発電を推進していくと発表。世界中から大顰蹙を買った。まさに井の中の蛙のなせる業。
参照 : sumikai.com