ロシアのウクライナ侵攻は、ドイツの国防政策を一気に変えた。
これまでは
「生かさず、殺さず」
の扱いだったドイツ国防軍。
「これではロシア軍に歯が立たない。」
と、国防費を大幅に増額する事を決めた。
この記事の目次
Nato加盟国の国防費目標
Nato加盟国は国内総生産高の2%を
「有事に備えて」
国防予算として計上することで同意している。
世界の覇権を夢見るフランスはもとより、国家破産の瀬戸際までいったギリシャまで、Nato合意を守っている。
しかしNato加盟国で最も経済力のある日本とドイツだけは、
「目標達成に向けて最大限の努力をいたします(*1)。」
との口上で逃げてきた。
もっともドイツはトランプ政権の叱責を受けて多少、国防費を増やした。
それでも国内総生産高のたったの1.56%。
保守派のCDU/CSUは国防費を増やしたかったが、社会民主党が反対した。
こうしてドイツ国防軍は
「国防軍」
とは言いながら、国を守る能力に欠けていた(*2)。
国を守れない国防軍
メルケル政権の16年でドイツ軍は大出血、
「ドイツ軍で足りている物はない。」
と言われている。
装備ばかりか、物資、兵士、すべてに欠けている。
幾つか例を紹介しよう。
ドイツ軍には使える無線機が(少)ない。
陸軍の演習には、兵士がお給料を使って個人で買った無線機が使用されている。
しかしNatoの演習には使えないので、ドイツ軍は演習に参加できていない。
そのドイツ軍にウクライナは、武器の他に無線機を要求した。
するとドイツのメデイアは、
「ウクライナはドイツ軍さえ持っていない装備を要求している。」
と(まだ)笑っていた(*3)。
Nato軍としてリトアニアに派遣されているドイツ軍は、
「防寒具と下着がない。」
という有様。
これでは夏服のままソビエトに侵攻して、モスクワの前で凍死した1941年のドイツ軍と大差ない。
そんな惨状にも関わらず、
「使うこともない軍事費に大金を使うのは無駄。」
と、政府は国防費を増やそうとはしなかった。
2021年の国防費は470億ユーロほど。
前年比で2.8%上昇したが、Nato加盟国の同意である国内総生産の2%にはほど遠かった。
ドイツ 国防費に1000億ユーロの予算を追加計上
ドイツでは2021年の9月に総選挙があった。
その後、新政府の樹立が12月だったので、2022年の国家予算はまだ成立していない。
その2022年の国家予算案の審議中に、ロシアのウクライナ侵攻が起きた。
新ドイツ政府は、
「係争国には武器を提供しない。」
という建前を(やっと)破棄。
同時に2022年の国家予算では、
「国内総生産高の2%以上を国防費に使う。」
と鼻高々に宣言した。
それだけではない。
これまでの
「節約モード」
で慢性的に足らない装備や人材を
「BIPの2%だけ」
で補うと、十年もかかる。
そこで国防費に1000億ユーロの予算を追加すると発表した。
なんと2021年の国防費の2倍もの額を、BIPの2%の国防費に追加する。
CDU 党首メルツ氏の政権批判
皮肉なのはこれまで国防費を増やすことに反対してきた
- 社会民主党
- 緑の党
が、よりによって国防費の増額を迫られたことだ。
もっとも今回の
「特別予算」
を国会で通すには野党の賛成票が必要になる。(*4)
その野党のCDU党首が、フリードリヒ メルツ氏。
氏は予算審議会で、政府の国防費大幅増額に賛成すると言った。
が、
「CDUが長年求めてきた路線に政府が舵を切ったのは、喜ばしい。」
と、皮肉を言う事に抵抗できなかった。
ドイツ軍の弱点 装備調達局
これでドイツ軍の装備・人員不足が解決すると思ったら、大間違い。
ドイツ軍の最大の弱点は、装備調達局の役人にある。
日本でも自衛隊の装備調達で、ほぼ毎回、収賄が問題になっている。
ドイツ軍では装備調達の収賄は、
「ドイツ軍の伝統」
となっている。
最近の例では、ドイツ軍の正式小銃の決定。
調達局は、
「パテント(特許)を盗んだ!」
として訴えられている会社の小銃を正式小銃に決定。
後でこれを撤回する羽目になった。
小銃の調達でこの有様。
これが無線機、戦車、輸送車、装甲車、そして最も高価な戦闘機の調達になるとどうなるか、推して知るべきだ。
1000億ユーロの予算が計上されてもドイツ軍が
「国防軍」
の名前に値する存在になるまで、気が遠くなるほどの時間がかかる。
それまでロシア軍が待ってくれればいいが。
ドイツ軍主力戦車 レオパルド 2a7v 装備開始!
折角だからこの機会に
「いい事」
も書いておこう。
ご存じの通りドイツ軍の主力戦車は、レオパルド2型。
1978年に導入されたので、西側で最古の主力戦車だ。
ほぼ10年置きに
「改良型」
が出ている。
現在の最新型は、レオパルド2av7型。
気になるお値段は1500万ユーロ。
日本円では20億円。
2年間の実用試験の後、2020年11月に第393戦車大隊に始めて導入された。
製造元はこれまで通り、ミュンヘンにある兵器工廠 クラウスマファイ ヴェーゲマン社だ。
もっとも戦車の価値は主砲とその電子装置で決まる。
これを提供しているのは、デユッセルドルフの軍需産業のラインメタル社だ。
同社が製造している120mm滑空砲と電子装置は、日本の自衛隊(*5)から米軍、イスラエル軍まで、西側の戦車では
「使われていない戦車は(少)ない。」
と言われるほどの素晴らしいシステムだ。
株価高騰
現在、ドイツ軍は合計104台の戦車を購入する契約を結んでいる。
今回の、
「1000億ユーロの予算追加」
で、注文台数が増えるかもしれない。
又、ドイツ軍の戦車は世界中の陸軍の羨望の的。
オランダ、オーストリア、スペインからトルコ(型落ち)まで、計16ヶ国でレオパルド2型を導入している。
これまでの製造台数は3500台で、
「世界で一番売れている戦車」
となっている。
そのラインメタル社が製造しているのは、戦車の主砲とその電子装置だけではない。
装甲車からさまざまな口径の火砲、ありとあらゆるミサイルまで、武器ならほぼなんでも揃う。
いわば武器のショッピングモールのような存在だ。
2週間前のプーチン戦争の勃発後、ラインメタル社の株価上昇が止まらない。
今週、同社の株価はかってない最高値を更新したが、まだまだ伸びそうだ。
注釈 – 国防費に1000億ユーロの予算を追加計上
*1 日本政府の常套句「最大限の努力」、「あらゆる努力」は現状維持で、何もしませんという意味です。
*2 フォン デア ライン国防大臣はかって、「アフガニスタンへドイツ空軍のヘリの派遣する。」と言った後、「ちゃんと飛ぶヘリを。」と付け加えたほど、空軍の有様はひどい。
*3 まだロシア軍の侵攻前だった為。その後、ロシア軍のウクライナ侵攻で笑いは凍り付いた。
*4 国防費の増額は借金ブレーキ法に抵触するので、2/3の賛成が必要になる。
*5 90式戦車です。