漁夫の利なるか?緑の党党首 アナレーナ ベアボック女史
ドイツでは2021年9月に総選挙がある。
現役の首相が立候補しないドイツで初めての選挙で、本来ならチャンスの薄い候補者が首相になる可能性を秘めている。
コロナ禍の4月末、各党が
「首相候補」
を選出したので、誰が次期ドイツの首相になりうるのか、紹介してみよう。
この記事の目次
社会民主党 / SPD ショルツ氏
16年も続くCDU 政権。
大衆政党の社会民主党 / SPDは、なんとしても首相の座を取り返したい。
そして2021年の総選挙は、メルケル首相が立候補しないという絶好のチャンス!
これまでSPDが首相候補にノミネートした3人の対立候補、過去最低の得票率を更新する惨敗を喫しており、多分(最後で)最大のチャンスが訪れた。
そこで社会民主党は早々に2020年の8月、党大会で現財務大臣のショルツ氏を、社会民主党の首相候補に選出した。
CDU/CSUと異なり、SPDの首相候補はすんなり決まった。
党首が首相候補への立候補を見送った(*1)事が大きいが、
「同氏の他に、全国で顔が売れている政治家が他にいない。」
というSPDの厳しい台所事情が、首相候補選びを容易にした。
ハンブルク州知事
ショルツ氏はハンブルクで政治家のキャリアを積んだ。
ハンブルクは昔から社会民主党の居城で、あのナチスでも勢力拡大に苦労したほど、左寄りの街。(*2)
そのハンブルクで州知事まで上り詰め、CDUの対立候補を抑えて州選挙にも勝った。
まあ、ハンブルクではSPDの候補が
「勝って当たり前」
で、氏の魅力や才能が光ったわけではない。
そして案の定、州知事としてのショルツ氏の仕事は、パットしなかった。
自分の名前を売りたいばかりに、
「オリンピックをハンブルクに誘致しよう!」
と大キャンペーンを張ったが、市民に無視された。
ハンブルク人はドイツが誇るお金持ちの街なのに、無駄な出費が大嫌い。
その後も小さな失策が続いた。もし次の州選挙に立候補していれば完敗、氏の政治家のキャリアは終わっていただろう。
ここで社会民主党は選挙の前にショルツ氏を党本部に戻すと、厚生労働大臣に就任させてやった。
2020年にはSPD党首選に立候補したが、ここでも全く無名の候補に敗退した。
これまでの実績が示す通り、氏は選挙には強くない。
その最大の原因は、同氏の口下手。演説を、お葬式の弔いの言葉のように読み上げる。
これでは誰が相手でも、負ける。
それでももしショルツ氏が首相になれば、名相(故)シュミット首相に続き、二人目のハンブルクで政治家のキャリアを積んだ首相となる。
公約
ショルツ氏は、党首選の敗退から学んだ。
労働者、左翼に訴べく、首相になれば最低賃金を12ユーロに挙げると公約した。
CDU ラシェット新党首
与党CDUは今年初め、党大会(オンライン)を開き、新党首を選出した。
選挙戦に勝ったのは、
「アーヘンのホビット」
と揶揄されるラシェット氏だった。
本来なら、CDUの党首が首相候補になる指名権を持っている。
しかしこれはこれまでの慣行であり、何処にも書かれているわけではない。
20年前、新党首に就任したばかりのメルケル女史は総選挙に直面したが、党内部からの支援が欠けていた。(*3)
この間隙を利用して、首相候補にはCSUの党首、シュトイバー氏が獲得した。
このような例外がないわけではないが、ドイツ連邦共和国の72年の歴史で、例外があったのはわずか2回だけ。
そして双方の場合で、CSUの首相候補は、SPDの首相候補に負けた。
だから今回も、ラシェット氏が首相候補に指名される筈だった。
ところが氏は世論調査でからっきし人気がなかった。
CSU党首 ゼーダー氏
コロナ禍で
「最も人気のある政治家」
になったのはCSU党首、ゼーダー氏だった。
バイエルン州のフランケン地方出身の政治家で、身長が2m近いので、
「フランケンの巨人」
あるいは
「フランケンシュタイン」
と揶揄される。
バイエルン人なのに酒(ビール)を口にしない珍しい政治家で、オクトーバーフェストで飲むのは、コーラライト。
バイエルン州を欧州一のハイテク都市にする野望を抱き、ふんだんに補助金を出して人工知能や量子コンピューター研究を支援している。
こうした背景があり、マイクロソフトなど世界的な大企業が、ミュンヘンに研究機関を置いている。
メルケル首相よりも人気が増したその理由は、コロナ禍で最も厳しい規制を要求したから。
又、大衆に受ける政策を感じ取る嗅覚があり、パフォーマンスにも優れていた。(*4)
ホビット vs. フランケンシュタイン
そのゼーダー氏が、首相の椅子を狙っていることは、周知の事実だった。
しかし2021年4月まで、沈黙を守りとおした。
4月中旬にCDU / CSUの首相候補探しが始まると、CSUから党首候補に指名された。
しかしCDU党首のラシェットもCDUから首相候補に指名されており、
「ホビット vs. フランケンシュタイン」
の首相候補争いが表面化した。
上述の通り、CSU党首が首相候補に指名されるのはかなり稀。
ゼーダー氏は氏の人気度を武器に、この例外を押し通そうとした。
実際、CDU若者団体や一部の州知事は、公然とゼーダー氏への支援を表明した。
しかしラシェット氏はCDU内で(日本風に言えば)大きな派閥を抱えており、最後には氏が首相候補指名を獲得した。(*5)
緑の党党首 アナレーナ ベアボック女史
環境問題が社会の主要なテーマになると、緑の党の支持率が急上昇。
その緑の党はダブル党首制で、それそれ男性と女性の党首を置いている。
表面上は
「平等」
な立場にあるが、頭脳の明晰さ、党内での支持はアナレーナ ベアボック女史が優っている。
3年前は
「誰も知らない無名議員」
だったのに、わずか3年で政敵も感心するほどの明晰な頭脳で、一気に頭角を出してきた。(*6)
CDUとCSUが首相候補指名で争っている中、緑の党は記者会見を開き、
(男性の)ハーベック党首が、
「緑の党の首相候補は、ベアボック女史である。」
と告示した。
【2021年総選挙】 次期ドイツの首相 になるのは誰?
本来なら、首相候補になれるのは、社会民主党か、CDU / CSUの党首だけ。
ところが二大政党の支持率が、急激に下がってる。
SPDはすでに10年も前から支持率の低下が止まらないが、現状の世論調査では14~15%。
CDU/CSUは27%で第一党の地位を確保しているが、過半数を取るにはほど遠い。
その中にあって緑の党はほぼ23%もの支持率で、CDU/CSUに拮抗する勢力となっている。
もしCDU/CSUが首相を出すには、連立政権候補のFDPと合わせて、過半数議席を獲得することが必要だ。
しかし現状の世論調査では過半数は夢物語。
その一方で、緑の党、SPD、それに左翼政党が連合を組めば、過半数の議席が取れてしまう。
この3党からなる大連合で、本当に過半数が取れた仮定しよう。
すると首相を出す権利があるのは、社会民主党を追い抜いた緑の党だ。
こうした背景があり、今、次期首相に最も近いのは、ベアボック女史となってる。(*7)
注釈 – 【2021年総選挙】 次期ドイツの首相 になるのは誰?
*1
立候補しても、勝てる可能性は1%もなかったから。
*2
バイエルン州だったら、ショルツ氏はキャリアを積めなかったろう。
*3
メルケル女史は首相に就任後、当時、女史の首相候補指名を邪魔した大物政治家をすべて粛清した。
*4
例えばゼーダー氏は、「コロナワクチンがEUが一括調達する。」という取り決めを無視、ロシア製のスプートニク5を(勝手に)州の予算で注文した。
*5
CDUは15の州で党支部を持つが、CSUはバイエルン州だけ。数の上では15:1で、初めからチャンスがなかった。
*6
頭がいいからか、かなり理屈っぽい。単純な説明を望む男性には、好感度は低いかもしれない。
*7
数字の上では、CDUとCSUが緑の党と連立を組めば、過半数を取れる。しかしこの場合、首相の座に収まるのはラシェット氏。緑の党は「ジュニア パートナー」になるよりは、三党連合で首相を出す方を選ぶ。