写真提供 : Von Christophe Licoppe, European Commission – https://audiovisual.ec.europa.eu/en/reportage/P-051584, Attribution, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=107640698
2021年7月、ドイツ西部で集中豪雨が発生した。
48時間時間で271リットル/㎡もの雨が降ると、小さな河川は濁流となり
「あっ」
という間に氾濫、流域にある家屋を飲み込んだ。
あまりに急激に水位が上昇したため、流域の住民の多くは逃げ遅れた(*1)。
洪水の被害はフランス東部(*2)からベルギー東部(*3)に始まり、アルプスまで及んだ。
その中でも一番ひどくやられたのが、ドイツ西部だった(*4)。
この記事の目次
ドイツ政府洪水被害者を救済 被害額の80%を補償!!
写真提供 : Von Nachtbold – Eigenes Werk, CC-BY 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=107571655
被災地を訪れた政治家は救済を約束した。
ドイツでも政治家の約束は守られないことが多いが、2か月後に行われる総選挙が被災地に味方した。
ドイツ政府は300億ユーロの再興基金 / Aufbaufond を、洪水被害者救済のために設けると閣議決定。
なんと驚くなかれ、被災者には被災した財産の80%が補償される。
一億円の価値がある家を持っていた人には、8000万円がタックスフリーで支払われる!
保険に入っていた被災者には、
「被災で儲けがでないように」
被災額の100%までの補償となる。
日本では東北大震災の被災者が10年以上経っているのに、家を無くした住人は未だにプレハブ暮らし(*5)。
なんという気前のいい救済措置だろう!
この再興基金は、すでに国会でも承認された。
あとは支払うだけ。
こんなに早く政治家の約束が守られたことは珍しい。
しかしそれには勿論、訳があった。
神風 エルベ洪水!
2002年夏、時のシュレーダー政権は勝つ見込みの薄い選挙戦に突入していた。
(故)コール首相からドイツ統一の負の遺産(*6)を継いだシュレーダー政権、
「切り札」
に欠けて失業率はうなぎ登り。
一方、国家財政は大赤字。
ドイツは出口のない大不況のど真ん中にあった。
当然、国民の不満も高くシュレーダー政権は二期目を迎えることなく、政権を明け渡しそうだった。
ここで神風が吹いた。
2002年8月、東ドイツ(*7)を流れるエルベ河畔で大洪水が発生した。
シュレーダー首相はゴム製の長靴を履いて被災地に入ると(*8)、被災者と握手、
「国が面倒を見るから。」
と支援を約束した。
対立候補のシュトイバー氏も
「負けてはならぬ。」
と被災地に入ったが、野党だったので国の支援を約束できなかった。
これに加えてシュトイバー氏は、菅首相のように口下手。
機智と弁才に長けたシュレーダー氏と比較されて、大きく引けを取った。
こうしてエルベ洪水が転換点となり、シュレーダー政権の人気が回復した。
総選挙でも勝利して、
「もう失うものは何もない。」
シュレーダー政権は社会保障制度の大改革
“Agenda 2010”
を打ち出した。
これが今日まで続く
「ドイツ一人勝ち」
の経済基盤を築いた。
2002年の教訓
メルケル首相はシュトイバー氏の敗退後、女性として初めてCDUの首相候補に指名された。
2005年、口下手なメルケル女史はぱっとしない選挙戦を展開した。
しかしシュレーダー政権が導入した
“Agenda 2010”
は国民の大反発を買い、
「人気のない2候補の争い。」
となった。
蓋を開けてみるとメルケル候補が、
「わずか4議席」
の差で勝利した。
そのメルケル首相が
「2002年の教訓」
を忘れる筈もなく、被災地を訪れて被災者の声を聴いた(*9)。
しかし今回の首相候補はメルケル首相ではなく、ラシェット氏である。
そのラシェット氏、被災地で
「大笑い」
している光景が全国版で報道されて人気が地に落ちた。
SPD 対立候補ショルツ氏 仏頂面で人気上昇中!
ラシェット氏の対立候補は、SPDのショルツ氏だ。
氏はハンブルク出身なので、生来の仏頂面。
全然笑わない。
テレビで
「好きな事」
を聞かれ、
「お湯が沸くのを見ているのが楽しい。」
と真顔で言うほどの、オタクで全く表情がない。
だから被災地を訪れても
「失笑」
することなく、仏頂面で被災者の声を聴く。
これが効いた。
去年まで10%台まで落ちていたSPD支持率は、27%まで回復した。
一方、快適に30%を超えていたCDU(ラシェット氏)への支持率は25%に落ち込んだ。
ここ10数年で、SPDの支持率がCDU/CSUを超えたのは今回が始めてだ。
再興基金の手柄独り占め
かって総選挙で敗退したCSU党首のシュトイバー氏と、SPDの首相候補のショルツ氏には、大きな違いがある。
それはシュトイバー氏は野党であったこと。
この為、
「国が面倒を見るから。」
というカードを切れなかった。
一方、ショルツ氏は連立政権を担当する政権の財務大臣。
氏には、
「国のカード」
を切れる強みがあった。
実際、再興基金が閣議決定されると、その金を出す財務大臣のショルツ氏は、
「被災者を素早く救済することが欠かせない。」
と、その手柄を独り占め。
ドイツの総選挙まであと2週間。
今回も神風が吹く?
注釈
*1 とりわけ被害が大きかったのが”Ahr”川の河畔にあった”Ahrweiler”という街。
上流ですでに洪水が発生していたのに、市が住民への警告を怠り多くの死者が出ることとなった。
*2 アルザス地方も被害甚大
*3 第二次大戦中のドイツ軍最後の反抗バルジ作戦で知られるベルギー東部(マルメデイー周辺)
*4 死者・行方不明者は250名を超えた。
*5 我々が支払った復興税は、政府が公示した公共工事に消えた。何故、被災者を助けない?
*6 東ドイツマルクを西ドイツマルクと1:1で交換したので、大インフレになった。
*7 ポーランドの被害も大きかった。
*8 CDU首相候補のラシェット氏は革靴で被災地を訪問。自身の靴が汚れないように、乾いた場所だけ歩いた。
*9 国内テロでドイツ国民が殺されても、メルケル首相は現場を一度も訪問しなかった。