2021年9月26日、ドイツで総選挙があった。
選挙結果は珍しく、事前の世論調査がそのまま反映されるという
「驚き」
のない結果だった。
とは言え、日本に住んでいる方には事前の世論調査のなどわかろう筈もない。
そこでここでは世論調査を左右した事件も含めて、2021年ドイツ総選挙の結果を紹介したい。
この記事の目次
2021年 ドイツ総選挙 SPD 鼻の差で勝利
写真提供 : Von Christoph Braun – Eigenes Werk, CC0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=19851764
まずは勝者から始めよう。
2021年のドイツの総選挙(*1)を、
「鼻の差」
で勝利したのは社会民主党 / SPDだった。
そう、去年はまだ支持率が
「かろうじて二桁」
で勝つ見込みが全くないと思われていたSPDだ。
当然、
と聞きたくなるが、社会民主党の手柄ではない。
もし他の候補がヘマをしない限り、SPDが勝利することは難しかったろう。
緑の党 選挙運動の失策を洪水で挽回す
写真提供 : Von Michael Brandtner – Eigenes Werk, CC-BY 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=109424344
観光保護意識の高まりで、緑の党は世論調査でトップに躍り出た。
「緑の党から首相が出るか?」
と期待と不安を呼び起こした。
ところがである。
首相候補のベアボック女史が、次々にヘマを犯した。
収入申告漏れ問題
ベアボック女史は党から2万5000ユーロ(邦貨で300万円ほど)の
「特別支給」
を受けていた。
ところがこれを税務署にも国会にも報告していなった。
女史は、
「気がつかなかった。」
と言い訳したが、法律を学んだ首相候補たる人間が、収入に対して税金を払う義務がある事を
「知らなかった。」
という御伽噺を信じる人は少なかった。
法律家問題
ベアボック女史は自身の履歴に、
“Juristische Person”
すなわち法律家と書いていた。
この法律家というタイトルは、
- 大学で法律を専攻した
- 国家試験に合格した
人が使用できるもの。
ベアボック女史は大学の副専攻で法律を学んだだけ。
ドクター論文の書き写しを
「偽物ハンター」
に指摘されて辞任する議員が多い中、これは軽率だった。
集中砲火を浴びて、自信の履歴を修正した。
著書書き写し非難
ベアボック女史は総選挙前に著書を出版した(*2)。
総選挙になれば、対立候補の落ち度がルーペで探されるもの。
なのに著書なんぞ出したものだから、
「偽物ハンター」
のいい餌食なった。
オーストリアの批判家が、
「本の一部は丸写し。」
と非難した。
この非難は当たっていなかったが、それでもベアボック女史のイメージダウンには大きな効果があった。
洪水が追い風になる!
次々と出るスキャンダルで、緑の党の支持率は低下した。
かっては世論調査でトップの座にあったベアボック女史の支持率は、地に落ちた。
なのに総選挙では緑の党は得票率を世界よりも5.7%も増やして、
「第三党」
としてまずまずの結果を出した。
この成果は女史の手柄ではない。
7月にドイツ西部で起きた大洪水で、国民の環境保護意識が一段と高まったことに起因する。
洪水が起きなければ、選挙結果はもっとひどかたろう。
FDP 政権入りを確保す
得票率は先回とほぼ同じだが、
「2021年総選挙の勝者」
にカウントされるのはFDP。
かっては得票率が5%を割り、国会から消えた党だ。
今回は11.5%の得票率を獲得、極政党のAFDを抑えて、
「第四党」
に復活した。
4年前もほぼ同じ得票率を獲得、政権入りが確実だったのに、
「悪い政治を行うよりは、しないほうがいい。」
とおかしな言い訳で、連立政権の話し合いを一方的にご破算にした。
あれから少しは社会勉強をしていればいいのだが、、。
CDU / CSU 過去最悪の得票率で惨敗
画像提供 : Von Steffen Prößdorf, CC BY-SA 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=110044593
緑の党のベアボック女史のヘマで、世論調査のトップに躍り出たのは、
「アーヘンのホビット」
と呼ばれるラシェット氏。
元々、国民に人気のある政治家ではない。
が、自民党の総裁選挙のように
「最大派閥」
の出身者なので、首相候補になった。
大きなヘマさえなければ、
「首相の椅子」
は手の届く距離にあった。
なのに取り返しのつかないヘマをした。
大洪水の被災地を
「お見舞い」
した際、大統領がお悔やみを述べている最中に側近と、
「大笑い」
していた姿が全国で放映された。
この時点でラシェット氏の選挙戦は事実上、終わった。
世論調査で支持率が暴落して、これまで最下位だったSPDのショルツ氏が初めて首位に躍り出た。
そして総選挙でも、世論調査の結果がそのまま反映された。
CDU /CSUは過去最悪の得票率、なんと8.9%の得票率を落として惨敗した(*3)。
左翼政党 存在意義消滅の一歩手前
与党 CDU/CSUに加えて極右翼政党も得票率を落としたが、2%の微々たるもの。
もっとひどい目に遭い、
「存在意義の消滅の一歩手前」
まで悪化したのが左翼政党だ。
4.3%も得票率を落として、4.9%の得票率にとどまった。
ドイツでは、
「極小政党の乱立により過半数を得るのに4つも5つもの政党の連立が必要になると、安定した政権運営ができない。」
との懸念から得票率が5%を超えないと、議席をもらえない。
左翼政党は4.9%なので国会から消える運命にあったが、
「直接立候補」
で3議席を獲得したので、首の皮が一枚つながった。
2021年の今、
- NATOの解体
- 大企業を国有化して利益を国民に分配
という時代遅れの旧ソビエトのドグマを選挙の公約に挙げた。
ソビエトは消滅したのに、そのドグマはまだ生きている。
大急ぎで冷戦の時代から、21世紀に
「タイムスリップ」
しない限り、4年後には国会から消えるだろう(*4)。
次期首相は誰に?
次期首相は誰になるのだろう。
本来ならSPDのショルツ氏だが、大敗を喫したラシェット氏が、
「そうは問屋が卸さない。」
と、首相指名の権利を主張している。
意外なことに、これが全く可能性がないわけではない。
首相になるには、国会で過半数の議席を確保する必要がある。
過半数を制するには、緑の党とFDPとの三党連合が必要だ。
それ以外の選択肢はほぼない(*5)。
左翼政党が
「ボロクソ」
の選挙結果だったので、SPD + 緑の党 + 左翼政党では過半数に達しないからだ。
緑の党は相手がSPDだろうが、CDU/CSUだろうが、政権に復帰するためには婚姻届けに印鑑を押す覚悟がある。
問題はFDP。
SPDは最低賃金12ユーロを公約にしていたが、FDPがこれを認めることはない。
そこでFDPがSPDとの連合を拒否して、CDU/CSU + FDP + 緑の党で三党連合を組む可能性がある(*6)。
すると首相に収まるのはラシェット氏だ。
氏はこれよく知っているので大敗を喫した後でも
「敗北宣言」
をせず、虎視眈々と首相の椅子を狙っている(*7)。
意外とこれがうまくいくかもしれない。
注釈 – 2021年 ドイツ総選挙
*1 下院の選挙です。
*2 日本の芸能人と同じく、「自分で書いていない。」という見方が支配的。
*3 ドイツ国民は被災地で浮かれてはしゃいでいるラシェット氏を許さなかった。
*4 選挙前に人気のない党の執行部と一新、女性二人が率いる「女性政党」になったが、刷新前よりもひどくなった。
*5 SPDがCDU/CSUとの大連合をすれば話は別だが、可能性はかなり薄い。
*6 実際、選挙前からFDPはCDU/CSUとの連合を擁護していた。
*7 この目論見が成功しなければ、惨敗の責任を取らされて党首からの辞任はまぬかれない。