観光 雨にも負けず

【北国街道】地蔵院参拝で栄えた 木之元 をD780で撮れ!

投稿日:2024年7月6日 更新日:

【北国街道】地蔵院参拝で栄えた 木之元 をD780で撮れ!

今回は 木之元 (きのもと)にやってきました。

なんでも地蔵院の参拝客で大いに賑わった街だとか。

過大な期待をせずに行きましたが、面白かったです!

皆さんも是非、

「過大な期待」

をいだかずに、寄ってみてください。

以下に見所など紹介しておきます。

【北国街道】木之元 とは?

【北国街道】木之元 とは?

木之元は北国街道の宿場町。

その北国街道、多数のバージョンが存在します。

参照 : 北国街道

 

ここでいう北国街道は

「近江の北国街道」

です。

これが木之元を通っていたんです。

この為、

「宿場町として栄えた?」

かと思ったんですが、どうも違う様子。

勿論、宿場もあり、ここで泊った商人も多いでしょう。

でも正式には、

「地蔵院の参拝客で賑わった街。」

となっています。

昔は医者もいない時代。

「拝めば直る。」

という迷信を信じて、多くの人が参拝したんです。

行き方


琵琶湖の右岸、それも北にひろがるデカイ自治体が長浜市。

北半分は、ほぼ福井県です。

その長浜市の

「ほぼ真ん中」

にあるのが木之元。

名古屋人に

「木之元に言ってきた。」

と言っても、10人中9人は

「それドイツ?」

みたいな反応。

ひとりだけ

「行ったことはないけど、高速のインターチェンジがあるのを見たことがある。」

と人生経験豊か。

名古屋人は愛知を出ないで人生を終えるようです。

電車で行く場合は、名古屋駅から鈍行で大垣まで。

大垣で米原行きの鈍行に乗り換えます。

米原からは近江塩津行の鈍行に乗り換えます。

自宅の最寄り駅から3回乗り換え、2時間半かかりました。

木之元駅から

木之元駅

木之元駅、自動改札ではなく、有人改札でした!

自動改札機を導入しても、

「ペイしない。」

というほど、利用客が少ない。

駅前には地図があったが、

木之元 地図

道に迷うことにかけては、右に出るものなし。

駅前で地元民と遭遇したので、

「木之元の観光名所は何処に?」

と聞くと、

「ここを右に行き、最初の交差点で左に行けばすぐ。」

と教えてくれました。

これがドイツ人だったら、あごをしゃくり

「看板見ろ!」

とやるだけ。

田舎の日本人は親切ね。

実際、

「木之元の見所」

は駅から300mほどしか離れていません。

そこに至る道中は、

「お土産屋ばかり!」

ではなく廃業した店舗のオンパレード。

木之元 廃業した店舗

かなりの秘境のようです。

木之元 地蔵院

木之元 地蔵院

まず最初に見えてくるのが、木之元地蔵院。

 

人が居ない、、。

こんな寺が町の発展の原動力になったなんて、、。

地蔵の銅像

共産主義は嫌いだが、

「宗教は大衆のアヘン」

というのは正論だね。

地蔵院前

地蔵院前

地蔵院前で

「右に行くか、左に行くか?」

悩んで、

「こっちのほうが見所多そう。」

と思えた左側(地蔵院を背にすると右側)に行きました。

並んでいる立派な家屋は、

地蔵院前の家屋

多くが空き家。

街のメイン通りなのに、空き家の密集地帯。

木之元 古い家屋

観光客はおろか、地元民の姿もみかけない。

気になって調べてみると、木之本町の人口は8000人。

2009年の統計なので、間違いなく8000人を割り込んでるね。

この立派な家屋も空き家なので、

「木之元塾」

という名前で地元民に開放。

看板

山路酒造

山路酒造

地蔵院から左側で一番立派な屋敷がコレ。

山路酒造さんです。

この日は定休日でしたが、健在。

参照 : 山路酒造

 

こんな看板があり、

看板

昔の郵便局だと書いてありますね。

しゃれた出窓などもあり、こった作り。

繊細な細工

大金持ちが金に糸目を付けずに、作らせたんですね。

裏には酒を造る蔵が連なり、大地主さんです。

馬宿平四郎の家

馬宿平四郎の宣伝看板

木之元が誇るヒーローが、馬宿平四郎。

 

伝記は眉唾物。

家主が買えない高価な馬を、倹約だけでその妻が買えるなんて

「おとぎ話」

もいい所。

今の日本で言えば、

「東京のマンションは高くて買えない!」

と嘆く夫に妻が倹約した1億円を

「ポン」

と差し出し、

「新築マンションを買えた!」

というような話。

かつかつの生活しているのに、どこから1億も出せるんだよ!

日本で美徳とされる

「倹約」

を讃えるため、これまた日本人が大好きな

「お涙頂戴物」

に改修されてます。

唯一、確かなのは、ここに馬市があった事。

馬市の看板

地元のヒーローを祝えるため、こんな派手な絵巻が書かれたのは最近のようです。

馬宿平四郎の家

しかもまだ途中だし。

完成させるのかな?

一里塚跡

一里塚後

地蔵院から左に行った際の最後の

「史跡」

はコレ。

質問
何よ?

 

看板

一里塚跡です。

もっとも、

「何処が跡?」

と思ったのはあなただけじゃない。

この先は木之元地元民の家屋が連なっており、

木之元 地元民家屋

とくに史跡があるようには思えない。

では地蔵院まで戻り、右側を見ていきます。

木之元 つるや

木之元 つるや

木之元でまだ営業している数少ない店舗のひとつがこれ、つるやです。

なんでも木之元、あるいは滋賀県は

「さらだパン」

が有名だとか。

つるやでも売ってます。

千切りしたたくわんにマヨネーズをかけて、パンで挟んだもの。

凄いね、、。

個人的にはドイツ人の大好物、豚のミンチに玉ねぎを載せ、パンで挟んだ

“Mettbrötchen”

の方がマシ。

旧本陣 竹内家

旧本陣 竹内家

木之元観光の目的のひとつが、コレ。

看板にちゃんと説明が書かれてました。

看板

大名が泊る宿屋だったんですね。

その後、薬屋。

有名なのはこの薬の看板。

薬の看板

よっく見ると、

薬の看板

「梅毒に効く!」

などと書いてます。

あまつさえ、この禿げ頭はドイツの宰相ビスマルク。

効きもしない薬の宣伝に、ドイツの宰相を使うとは!

他の薬も推して知るべし。

でも史跡としては一級品。

木之元 富田酒造

木之元 富田酒造

ついで紹介するのは富田酒造さん。

参照 : 富田酒造

 

この日、営業していた数少ない店。

ただ私が写真を撮っている2時間弱、(観光)客は一人もみかけませんでした、、。

木之元 富田酒造 正面から

私は酒が嫌いなので、

  • 携帯屋
  • 花屋
  • パチンコ店

に次いで縁のない店。

お酒が好きな方、貴重な史跡がなくならないように散財してください。

写真は店舗の部分だけ。

横に回ると、酒を鋳造する蔵と煙突からなる巨大な製造施設を一望できます。

木之元 交遊館

木之元 交遊館

富田酒造の先に見えてくるのは、旧滋賀銀行の木之元本店です。

「木之元本店」

というからには、

「木之元〇〇支店」

もあった筈。

そんなに栄えていたのか木之元!

今は廃品利用でカフェが入ってます。

木之元 旧滋賀銀行に入ってるカフェ

旧 多木肥料代理店

旧 多木肥料代理店

メインロードの端っこにある立派な屋敷は旧多木肥料代理店。

屋根が巨大。

横から見ると、この通り。

木之元 多木肥料代理店 横から

さらに!

蔵、蔵、蔵!

蔵、蔵、蔵!

こんなに栄えていたの?

調べてみました。

兵庫県の加古川市にある多木肥料(あるいは多木化学)の販売代理店です。

参照 : 多木化学

 

肥料ってそんなに儲かるんだ!

しょうゆ屋

しょうゆ屋

そうそう、木之元にはまだ醤油を昔ながらの方法で製造している店が数件あります。

どの店舗もそれは立派なもの。

メインロード

木之元 メインロード

木之元のメインロード。

「昔の街道にしては、道幅が広い!」

って思いませんか?

かっては真ん中を川が流れていたんですよ!

その両側に瀟洒な家屋が立ち並び、とても美しい景観を提供していました。

それを

「近代化」

の為に埋めた為、こんな殺風景な景色に。

昔の川を再生したら、風情が復活してきっと観光客も増えるよ!

と言うのも、この日の観光客は私だけ、、、。

このままじゃ

「廃村」

になるのを待つだけ。

哀しい。

もし、

「木之元に行ってみよう!」

と興味をそそられた方、こちらの木之元観光案内を参考に!

 

-観光, 雨にも負けず

執筆者:

nishi

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