ドイツの達人になる 社会保障

失業保険金をカット、ストップするのは合法か?

投稿日:2020年1月19日 更新日:

失業保険金をカット、ストップするのは合法か?

先進国なら憲法にて、「最低限度の文化的な生活を送る権利」を市民に認めている。しかし大事なのはそれから先。「何が最低限度の文化的な生活」なのか、明確に定義していない国が多い。特にアジア諸国。都合が悪くなると、支給を自由に削れるからだ。

さらには憲法で権利を謳ってはいても、これを平然と拒絶する国もある。日本では21世紀になっても、「住所がないと、生活保護は受けれません。」と市民の権利を堂々と無視してきた暗い過去がある。これがなんちゃって法治国家と真の法治国家との違い。

では法治国家のドイツでは、生活保護はどのように定められているのだろう。

基本保障 / Grunsicherung

ドイツでは民法 / “Sozialgesetzbuch”にて、州政府が市民に対して生活できる支援をする事を規定している。

参照 : wikipedia

これを総称して基本保障 /”Grundsicherung”という。ドイツに住む権利を有している18歳以上の成人であれば、外国人でも難民でも、この基本保障を受ける権利がある。この基本保証は大きく分けて、

  • 高齢、及び障害などで働くことがきない市民
  • 失業中の市民

に分かれる。高齢、及び障害で働けない人が受けることができる基本保障は、日本でいう生活保護に匹敵する。これを払うのは、ドイツの年金基金で、ここで申請を上げます。この場合の基本保障については、基本年金を参考にしてください。

参照 : deutsche-rentenversicherung

一方、失業中で収入がない人は、労働局(*注1)で失業保険の申請をします。問題はここから。

ハーツ 4 / Hart4

失業保険は”Arbeitslosengeld 1 & 2″に分かれている。

何が違うの?

失業保険 1 は、1年間以上失業保険に掛け金を払い込んだ人が、最初に受けることができる失業保険です。

参照  失業保険の達人になる – 依願退職と解雇退職の違い

失業保険 1 支給額

失業保険 1 の支給額は、働いていた頃のお給料(手取り分)の60%。子供がいる場合は67%が支払われます。私が失業していた2000年は、最初の1年は70%、その後60%に減り、これが一生払われる仕組みになっていました。

収入は少ないですが、それでもこれだけ支給されると、おまけに一生払われるので、正直、働く気はなくなります。そこで社会保障システムの大改革が行われ、失業保険1の支給期間は1年と短縮されました。(*注2)

1年経ってまだ失業中だったら、どうなるの?

その場合は、失業保険 2 が支給されることになります。もっとも「失業保険 2」というまどろっこしい名前を使う人は稀で、一般にはハーツ 4 /”Hart 4″と呼ばれています。この名前は、このシステムを考案したフォルクスヴァーゲン社のマネージャーの名前から派生している。

正確な法律用語は、”Arbeitslosengeld 2″です。

失業保険 2 支給額

社会保障システムの大改革で、「失業保険 2 は基本保障 /”Grundsicherung”と同じレベルにする。」となりました。これにより失業保険 2 の支給額は、以前もらっていたお給料とは関係なく、一律424ユーロ/月+家賃が支給されます。

参照 : hartziv

これはまさに「文化的な生活をするのに最低限レベル」なのだが、食料品が日本の1/3で買えるドイツでは、結構、生活できてしまう。結果、長期失業中のドイツ人はすっかり仕事をする気を無くしてしまっている。

労働局 vs. 長期失業者

ドイツには、「生まれてこの方、働いたことがない。」という強者がいる。そんな人でも生活保護を受けれるのが、法治国家のドイツだ。すると日本から来た(ばかり)のお客さん、「じゃ、ドイツには路上生活者なんて居ないですね!」との事。いや、ちゃんと居ます。

そんな人が申請するのは、基本保障(生活保護)、それとも失業保険?どちらだと思いますか?五体満足あれば「求職中」となり、失業保険が支払われます。この場合は、失業保険 1ではなく、すぐに失業保険 2が。しかし失業保険支払いの条件は、「仕事に就く意思がある事。」

一生働かずに生活した者には、そんな意思はありません。どんなに励ましても、叱っても、馬の耳に念仏です。そんな失業に対して労働局には、「制裁」を加えることが許されている。

労働局の制裁

例えば労働局は誰にでもできる仕事、宅配業者での仕事を失業者に勧める。しかし宅配業者の仕事と言えば、残業、過酷な労働環境、低い給料で悪名高い仕事。自宅で腹を空かせている小さな子供でもいない限り、そんな職に就きたい人はない。

そこで、「嫌だ」と断ると、労働局の担当者は独断でハーツ4の支給額を3か月間、30%も減額する。こうした制裁を加えることにより、失業者を仕事に就くように強制するわけだが、長期失業者もそんなことは百も承知だ。

そこで医者に行って(無料)、「腰痛のため、長時間車を運転したり、階段を上り下りする仕事には向いていません。」と診断書 /”Attest”を書いてもらう。流石の労働局も、医師の診断を無視するわけにはいかない。

こうして労働の義務から解放される(厳密に言うと、労働の義務という条項はドイツの憲法にはありません)。やはりドイツ人の失業者は一枚上だ!

しかし労働局には、まだ奥の手があります。今度は、対策 /”Maßnahmen”と呼ばれる一種の就職準備コースに長期失業者を送りこみます。

就職準備コース

このコースは、履歴書などの書き方を習うコース。と言えば聞こえがいいが、自分の名前の書き方、電話番号の聞き方のレクチャーを受ける。デユッセルドルフの市外局番は0211なので、0211-5681125 なのか、0211/5681125 なのか、どちらの書き方をするのいいのか?という、実にありがたいコースだ。

これは皮肉なので、真面目に取られませんように。雇用者が「求職者」の電話番号を見て、「0211/5681125 だから採用!」ということにはなりません。どうでもいい枝葉の話です。このよういな意味のないレクチャーは2週間も続きます。

何故、労働局は税金で運営されているこんな意味のないレクチャーに、失業者を送り込むのか?

就職準備コースの理由

就職準備コースの理由は3つ。

  1. 朝起きて、出勤することに体を慣らす
  2. 対策コース中は失業者としてカウントされない
  3. 長期失業者に対する制裁

意味があるのは1.だけ。自治体は失業統計でいい数字を出したい。そこで統計を出す時期が近付くと、長期失業者を大量にこうしたコースに送り込む。すると失業率が改善、それも困難な長期失業者の改善がみられるので、自治体の責任者から褒められる。

そして見過ごしてはならないのが、長期失業者に対する制裁だ。

失業保険金をカット、ストップするのは合法か?

就職準備コースに欠席する、あるいは度々遅刻すると、またしても労働局に制裁を加える口実を与えてしまう。しかし法治国家のドイツでは、その制裁を課されたドイツ人にさえ、反論の権利を認めている。

すなわちの制裁を受けた失業者は、労働局の制裁を違法だとして訴えることができる。その裁判費用は、自治体が払うという徹底振り!そして裁判所は、失業者に課される制裁の半数は労働局の恣意的な決定で違法だと判決している。

参照 : rechtslupe

しかし半数は合法なわけで、しかも制裁は一回で終わるとは限らない。二回目の制裁になると、ハーツ4が60%もカットされる。それも三カ月。それでも労働局の権限に屈しない失業者には三度目の制裁が課され、ハーツ4の支払いが三カ月ストップされる。

しかし民法で市民に、「最低限度の文化的な生活を送る権利」を保障している以上、その最低限の生活保障であるハーツ4をカットするのは違法ではないのか?

失業保険金をカット、ストップするのは合法か?- 最高裁判決

東ドイツのチューリンゲン州のエアフルトに住む男性が、労働局に制裁を課されてしまった。それも60%の削減だ。「これは憲法違反だ!」と社会福祉裁判所 / “Sozialgericht”に訴えた。

訴えを受けたゴータ市の裁判所は、「これは憲法の基本的な解釈になる。」として、この案件を最高裁判所に送っていた。そして最高裁判所は2019年11月5日、今後の失業保険の在り方を左右する根本的な判決を下した。

最高裁の裁判官は、「最低限度の生活環境にある人に対して60%の減額、あるいは100%の支給金カットは違法である。」と判断した。

3か月の30%支給金カットは合法としたものの、「該当者が行動を直したにもかかわらず、3か月間も制裁を続けるのは違法。労働局は該当者が行動を正したら即座に、制裁を解くべし。」と判決した。

参照 : rbb24

判決後

なんちゃって法治国家と異なり、ドイツでは最高裁判所の判決は絶対だ。今、労働局から制裁を課されている人は、判決を引用するだけで制裁から解放されることになる。

さらには、「外国人には保護を受ける権利がない。」という破廉恥な判決を下した日本と異なり、ドイツの法令はドイツ人、外国人を区別しないっ!

ドイツの基本法で、”Alle Menschen sind vor dem Gesetz gleich.”(法律の前では人間は皆、平等)と謳っているからだ。

これが真の法治国家の長所のひとつで、法律で認められている権利は、外国人でも市本当に享受することができます。

注釈

*1 労働局は”Arbeitsamt”から”Die Bundesagentur für Arbeit”と名前が変わり、これに伴い地方の支店は”Job Center”と変名されています。

*2「短かすぎる!」との市民の不満の声を受けて、長年働いてきた人には、もっと長く支給されるようになりました。それでも24カ月で終わり。

-ドイツの達人になる, 社会保障

執筆者:

nishi

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