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EU委員会大統領を巡る争い – フォン デア ライン女史 背水の陣

投稿日:2019年7月4日 更新日:

EU議会選挙が終わって1か月以上経つが、未だに主要人事が決まっていない。大阪にてG20で会合した際も、EU諸国は安倍首相から邪魔をされない限り、共通の路線/候補について話し合いを続けた。ここで多少の前進があったようだ。G20の後、ブリュッセルに各加盟国の首相が集まって朝まで、それに二夜連続で会合した。

果たしてこれで主要人事は決まったのだろうか。

EU委員会大統領って何?

EU(欧州共同体)の組織の一番上の役職は”EU-Kommissionspräsident” と呼ばれてる。直訳すればEU委員会大統領だ。この大統領にはEU議会選挙で、最大の得票率を獲得した派閥から選出される。現在の大統領はヨーロッパの小国、ルクセンブルクの首相だったユンカース氏が就任している。

ルクセンブルクという小さな国の政治家なのだが、その巧みな政治手腕が買われて最大派閥のEVPの筆頭候補に選ばれ、大統領に就任した。氏はEUの取り決めを守らない東ヨーロッパ諸国の政治家、破産国家ギリシャの左翼政権、さらにはあの米国の大統領とも、喧嘩をしないで話ができる老練な政治家だ。

英語、ドイツ語、フランス語が話せることも手伝って、ドイツでも人気があった。ところがその任期が満期に達したので、次期大統領を選ぶ必要があるのだが、これで大いにもめている。

メルケル首相の転進

そもそもメルケル首相は国内政治が最大の関心事なので、EU内での人事にはあまり口出しをしなかった。これが原因でEU委員会大統領、その次の権力者(テレビなどによく映る)、Präsident des Europäischen Rates(欧州評議会大統領)、あるいはEU議会大統領、それにEU全域の金融政策を決める欧州中央銀行頭取、さらにはEUトップの外交官まで、ドイツ人は一人も就任していなかった。

唯一、メルケル首相が興味を見せていたのは次期、欧州中央銀行頭取の役職だけだった。これはドイツ人が反対している、中央銀行による借金で首が回らない国の債券を買うプログラムが影響していた。ドイツ人に言わせれば、多額の借金で債券の利率があがったイタリアのような国は、ドイツがやったように歳出をカットして国家財政を立て直すことが急務だ。

これをしないで欧州中央銀行が債券を買うと、ラテン系は辛くて人気のない歳出カットなど、決して行わない。この議論は「卵とニワトリ、どっちが先?」という理論と同じで、どちらも(少し)正解で、どちらも(少し)間違っている。ドイツのいう急激な歳出カットを強要されたギリシャは10年以上、貧困に苦しんだ。

しかしドイツ人が誤りを認めるかと思ったら大間違い。未だに国を成功に導く道は、厳格な歳出カットにあると信じている。だからどうしてもドイツ人を欧州中央銀行頭取のポストに就けたかった。だから長く工作してきたが、ドイツ人の欧州中央銀行頭取のヴァイデマン氏は、イタリアなどの借金大国でからっきし人気がなかった。理由は当たらめて述べるまでもない。

イタリア人が賛成しなければ、ドイツ人を欧州中央銀行頭取に就けることはできない。そうすると今回もまたEU内のトップ人事は、ドイツ人なしになってしまう!これを心配したか、あるいは党首のポストを譲り、視野の広い思考をする余裕が出てきたからか、メルケル首相はEU委員会大統領にドイツ人を推す方向に転進した。

EU委員会大統領を巡る争い

メルケル首相が白羽の矢を向けたのは、姉妹党、CSU のヴェーバー氏 だった。首相自身の党から候補者を出さないで、口うるさい姉妹を優先したこの策略は、日本人が見ると遠慮しているように見えるかもしれない。しかし実際には全く別も思惑があってのことだ。

何はともあれ、EVP のEU委員会大統領候補としてヴェーバー氏は選挙運動を展開、負け戦ではあったが、かろうじてEU議会で最大の議席を獲得した。国内であればすんなり大統領に選出されていたが、一筋ではいかないのがEUの主要人事。なんで?EUは全員同意の原則を(未だに)採用しているので、誰かが「ノン!」と言い出すと、人事が決まらないから。

そして案の定、フランスが「ノン!」と言い出した。マコン大統領にしてみれば、大フランスの政治家がEU委員会大統領に就くことが「当たり前」。マコン大統領はBrexitで巧みな手腕を発揮したフランスの財務大臣をこの職に就けるように要求した。

まるで米国と中国の関税戦争のように、ドイツとフランスの意見は真っ向から対決、出口のない状態になってしまった。G20の開催中、欧州の首相の頭にあったのは、この出口のない議論をなんとか打開することだけ。老練なメルケル首相は事態がこうなることを予想して、自身の党から候補者を出さなかった。口うるさいCSUの候補なら、なんとでもできる。

次期EU委員会大統領 第三、第四の候補者

メルケル首相、前日までは「ヴェーバー氏が我々の大統領候補だ。」と言っていたのに、あっさりと姉妹党の候補者を見限った。フランスとドイツはEU議会選挙で大敗を喫した社会民主党(S&D)の候補、テインマーマン氏を推すことで同意に達した。要するに痛み分けだ。

参照 : Süddeutsche Zeitung

ヴェーバー氏には第二のポスト、EU議会大統領に就任してもらうことで、本人(とCSU)には満足してもらいうというわけだ。オランダ人のテインマーマン氏は巧みに6か国語を操り、相手がフランス人でもドイツ人でも、母国語で納得させれるだけの話術(手腕)を備えている、まるでユンカース現EU委員会大統領みたいな政治家だ。

だが、これに東ヨーロッパ諸国とイタリアが大反対した。というのもテインマーマン氏はEUの取り決め、民主主義制度をないがしろにするイタリア、ハンガリー、ポーランド、チェコ、そしてスロバキア政府の行動に大いに不満で、EUからの補助金を削減すべきだと主張してきた。こうした国々はEUからの補助金が国家予算の大事な部分を占めており、これがないと国家の運営に支障をきたす。東ヨーロッパ諸国にしてみれば、なにがあろうともテインマーマン氏が次期EU委員会大統領になることだけは阻止しなくてはならない。

参照 : Tagesschau

こうして各国の首相が出席したEU特別会合は、朝まで続いたが、結果なく終わってしまった。これにはあのフランス人でさえ、「今のEUの状態は烏合の衆だ。」と非難するほどだった。自分で事態を難しくしておいて、顔を赤くしないで他人を非難できるフランス人は凄い。しかしここでもまたフランス人の提案が、人事異動に動きをもたらした。

マコン大統領、ドイツの国防大臣を次期EU議会大統領に推す そのワケは?

フランスは次期EU委員会大統領に、ドイツの国防大臣、フォン デア ライン女史を推してきた。まず女史はブリュッセルで生まれたので、ドイツ語の他にフランス語と英語を話す。これがマコン大統領には大事だった。さらには女史はCDUの議員であるから、欧州議会で最大議席を占める EVP の議員がトップの職に就くという建前を守ることができる。そしてメルケル首相はかっての政敵で、今や失策続きで内閣の弱点となっている女史を、「左遷ではなく、昇進ですよ。」と厄介払いできる。

参照 : Welt.de

マコン大統領はここで妥協する一方で、現國際通貨機関で長官のフランス人のラガート女史を、欧州中央銀行頭取に押してきた。この人事には東ヨーロッパ諸国もあのイタリアまで納得した。こうしていよいよ採択が行われたが、一国だけ投票を棄権した。どこの国だかわかるだろうか。

投票を棄権したのはよりよってドイツ(メルケル首相)だった。フォン デア ライン女史は国防大臣として次から次へとヘマを繰り返してきた。とりわけ国防軍への調達で必要もないのにアドバイザーを雇い、これが女史の知り合いの会社だったので、収賄にあたるのではないか?と国会での調査委員会が招集されている。

その大臣をEU委員会大統領に推すことは、連立政権の相棒、SPD が絶対に許さない。無理推しすれば、国内で連立崩壊になりかねない。そこでメルケル首相は投票を棄権した。ちなみに第二のポスト、EU評議会大統領にはベルギーの政治家、EUの外務担当にはスペイン人が押されており、同じ国籍が重ならない配慮がされている。

参照 : Focus

今後、この人事は欧州議会で決議されることになる。社会民主党と緑の党、とりわけドイツの社会民主党と緑の党がフォン デア ライン女史の昇進に拒絶反応を示しているので、選挙の行方がどうなるかわからない。もし選挙で否決されることになれば、本人はともかくEUはまたしても面子を失うことになる。

フォン デア ライン女史 背水の陣

先のEU議会選挙で勝利した緑の党、大敗退した連立政権の社会民主党の反対により、女史がEU委員会大統領に選出されるか、とても怪しくなってきた。ドイツ人候補が、よりによってドイツの政権にある政党の反対で就任できないとなると、国内での政治運営にも大きな軋轢を生む。これが有名な樽をあふれさす一滴になり、連立政権の終焉を招くかもしれない。

女史も「このままではヤバイ!」と感じ、国防大臣らしく防御から攻撃に出た。女史は明日の投票結果の如何にかかわらず、「明日をもって国防大臣から辞任する。」と明言した。背水の陣をひくことにより、女史の就任への信任投票を拒む、社会民主党への圧力をかける戦略だ。

戦略の勝利

選挙当日、フォン デア ライン女史はEU議会で信任を請う演説を行った。

女史の政治手腕はともかく、この演説は良かった。「本当に反対投票をして、EUをさらなる混乱に陥れるべきか。」と悩んでいた議員は、考え直したことだろう。実際、「信任を拒否する。」と言っていた社会民主党議員は数人単位ではあったが、こっそりと賛成票を投じる事を約束した。

決定的だったのは先のEU議会で勝利したリベラル派が、同派の議員が要職に就く事を条件に、賛成したことが大きかった。午後18時から投票が開始され、まもなくして投票結果が告示されると、女史は384の賛成票を獲得していた。これは必要な過半数を、わずかに9票上回るものだった。

参照 : Spiegel

過半数の信任票を獲得したとわかったその瞬間の女史の表情、動作はかざりのない、まさに安堵そのものだった。この勝利は、女史の戦略の勝利だった。信任を拒む相手に逆に圧力をかける手法は、まさに老練そのもの。果たしてあの破天荒なトランプ大統領、ますます影響力を強めていく中国を相手に、交渉の成果を出せるだろうか。

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執筆者:

nishi

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