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デイーゼル頂上会談 – あるVW マネージャーの話

投稿日:2018年10月5日 更新日:


スモッグでお日様も見えない中国の都市

2018年3月1日、これで何回目になるだろうか、連合政権は “Dieselgipfel”(デーゼル頂上会談)を開いて、ようやく古いデイーゼル車を所有している国民に解決策を提示した。ここでは今回のデーゼル頂上会談に至るまでの経緯と、この解決策の内容について紹介してみたい。

空気汚染阻止法

先進国の諸都市と同じように、ドイツでも都市部の空気汚染が問題になっている。欧州ではEU委員会が都市部における空気汚染度の基準を決めており、これを守らないと罰金が課されるのが、日本と違う。

参照元 : wikipeida

さらにはドイツ政府は、ご丁寧にも自ら環境省に空気汚染阻止法を作らせて、国民に空気汚染を取り締まることを約束してしまった。

参照元 : Unwelt Bundesamt

ところがドイツ政府、正確に言えば都市部の空気汚染は地方自治体の管轄なので、地方自治体は、空気汚染度を測る装置こそ設置したが、空気の改善には何も対策を取らなかった。

Deutsche Umwelthilfe

これに腹を立てたのが、”Deutsche Umwelthilfe”(ドイツ環境保護)という環境保護のNGO団体だった。独立した調査機関の研究によると、空気汚染、とりわけデイーゼル車の吐き出す二酸化窒素により毎年3万800人が死亡しているという。

参照元 : Spiegel Online

地方自治体と国の怠慢さに腹を立てたドイツ環境保護は、行政裁判所に地方自治体に空気汚染阻止法を守るように訴えた。それもデユッセルドルフやミュンヘン、ベルリン、シュトットガルトなどの都会は言うに及ばず、デユーレンやハイルブロンの田舎町でも「まあ、いいか。」と妥協を許さない徹底振りだった。

デイーゼル乗り入れ禁止令

訴えを受けた裁判所は、環境省が定めている空気汚染阻止法を地方自治体が遵守しているかどうか、確認把握する必要がある。そこで地方自治体が計測しているデータを証拠として裁判所に提出するように命じた。

そこに書かれていた数字は、文字通り白黒はっきりしていた。地方自治体が長年に渡って、空気汚染度が守られていないことを知りながら、何もしてこなかったことが証明されていた。

この証拠があっては、どんな敏腕弁護士でも地方自治体を弁護することは困難だったろう。裁判所は1年程度の期間を地方自治体に与え、この期間に空気の汚染を改善するように命じた。

ところが地方自治体は何もしなかった。正確に言えば、何もできなかった。シュトットガルトなどは、道路添いに苔の壁を設置、コケが二酸化窒素を吸収してくれることを期待したが、大きな効果は上がらなかった。

ここに至って裁判所はドイツ環境保護の要求するとおり、地方自治体に空気改善の対策を取るように命じた。これを実行しない場合は、罰金を課されることになった。

地方自治体の弁護士は、「デイーゼル車の乗り入れを禁止すると、個人の自由を束縛することになる。」と個人の自由を盾に禁止令を撤回させようとしたが、「他に方法がなければ、デイーゼル車の乗り入れ禁止も仕方がない。」と裁判所が判断、地方自治体にはデイーゼル車の乗り入れ禁止令を発行するしか手立てがなくなった。

最初にデイーゼル乗り入れ禁止令が出たのはハンブルク。その後、次々に裁判所の判決が続き、どの裁判所も同様の判決を下したので、現時点では14の都市でデイーゼル車の乗り入れ禁止令が発効したか、発効する予定だ。

参照元 : Welt

ドイツ環境保護の支援団体

デイーゼル車の乗り入れ禁止令に腹を立てたのは、デイーゼル車の所有者ばかりではなく、車業界も同じ。車業界は、「ドイツ環境保護団体は、日本の車メーカーのトヨタの紐で、日本製のハイブリットカーの販売をドイツで促進するのが目的だ。」とあながち100%間違いではない、非難をした。

実際、日本の車メーカーはドイツ環境保護に大口の寄付金を行い、ドイツ環境保護がドイツ全土で地方自治体を裁判所に訴えることを可能にしている。日本企業の(珍しい)賢い戦術といわざるを得ない。

売れないデイーゼル車

高価なBMWの電気自動車、それにダイムラーのスマートを除けば、まだ販売できる電気自動車を持っていないドイツの車メーカーは、「デイーゼルは悪者じゃない。」とキャンペーンを張った。(環境保護の関心が薄い日本でVW社は、未だにクリーンデイーゼルという宣伝をしている!

第一回目のデイーゼル頂上会談では、「チップチューニングをすれば、排ガス汚染は大幅に改善する。」と約束した。政治家もこれを信じて、「これにてデイーゼル問題は解決。」と宣言したが、問題は解決するばかりか、ドイツ中の大都市でデイーゼル車の乗り入れ禁止令が発令された。

市内乗り入れ禁止を恐れた消費者はガソリン車を購入、デーゼル車は売れなくなった。かっては登録される車の半数以上がデイーゼルだったのに、この割合が3割まで落ちてきた。デイーゼル車、それも中古のデイーゼル車を抱えるデイーラー、それに中古のデイーゼル車を所有している市民は、大いに怒った。

車を買った当時は、「このデイーゼル車はクリーンです。」と言うのでデイーゼル車を買ったのに、市内乗り入れができないのでは、話が違う。国民の怒りは排ガス洗浄機能を操作した車業界、そしてその操作を許し続けている政治家に向けられた。

後手に回った対策

都合の悪いことに、2018年の秋には州選挙がある。世論調査でボロボロの結果が出ている連立与党は、選挙前に選挙民に、「仕事をしていますよ。」という印象作りが必要になった。こうした背景を元に、今度でおそらく3度目になるデイーゼル頂上会談が開かれることになった。

政治と大企業の癒着

ドイツには車業界の利益団体 “VDA“がある。早い話がロビイ活動を行なう団体だ。この団体がEU委員会に圧力をかけて、「エンジンに障害が生じる恐れがある場合は、排ガス洗浄機能を停止してもよい。」という例外条項を加えることに成功した。これが諸悪の根源である。なにせ代表にはドイツの(元)交通大臣が就任しているのだ。これ以上太い政治へのパイプはない。

現在の交通大臣はショイヤー大臣で、バイエルン州から選出された政治家だ。言うまでもなく、バイエルン州には “Bayerische Motoren Werke” (バイエルン州モーター工場)、通常、BMWがある。

ショイヤー氏はBMWへの経済負担を最低限にするために、デイーゼル頂上会談ではハード面での対策には反対していた。古いデイーゼル車に排ガス洗浄装置をつけると、平均して4000ユーロほどの費用がかかるからだ。

ところがバイエルン州ではショイヤー氏の属するCSUは、かっての過半数政党から、かろうじて30%の政党に転落中だ。少なくとも世論調査では。「これはヤバイ!」と背水の陣をひいているバイエルン州知事から、「ハード面での対策を要求して、仕事をしていることを国民にアピールしろ!」と厳命が下った。

するとまるで手のひらを返すように、ショイヤー氏は車メーカーにハード面での対策を要求、BMWはこれを頭から蹴るという対決になったのが今回のデイーゼル頂上会談だった

デイーゼル頂上会談

与党の政治家とVDAはほとんど夜明けまで、古いデイーゼル車の対策について協議した。最後には形の上では政府が要求を押し通した。

1.古いデイーゼル車の所有者が新しいデイーゼル車、あるいはガソリン車に買い変えると、車メーカーは5000ユーロから1万ユーロまでの値引きを提供。

2.すでに所有しているデイーゼル車に排ガス洗浄装置をつけたい場合は、車メーカーが費用を出す。

から選べることになった。と言えば聞こえはよいが、この対策を受けることができるのは、デイーゼル車の乗り入れを禁止令は発効した都市、あるいは発効する見込みの都市の住民、あるいはその近隣の住民に限られる。

参照元 : Spiegel Online

さらに車メーカーはVWを除き、ハード面での対処、排ガス洗浄装置の備え付けには興味を見せていない。オペルとBMWは頭から、「有り得ない。」と拒否、排ガス操作で検察から査察を受けているダイムラーは、「考えてもいい。」程度。唯一、ハード面での対策を受け入れるというVWでも、「費用は8割まで。」と制限付き。

デイーゼルエンジンの将来暗し

今後、車メーカーが妥協するかもしれないが、安いVWやオペルの新車でも3万ユーロ。そんな大金をすぐに払える人は少なく、空気汚染度には全く変化がないと見られている。

さらには「比較的綺麗」とされていたEURO 5のデイーゼル車もいまや、市内乗り入れ禁止。「絶対に綺麗」とされているEURO 6のデーゼル車も市内乗り入れ禁止の候補に上がっている。今、実施されているEURO5までのデイーゼル車乗り入れ禁止で空気汚染の改善は見えなければ、EURO 6のデーゼル車も乗り入れ禁止になる。そんな車を買う人は、郊外に住んでいるひとだけ。

車業界が排ガス洗浄機能を操作したがために、デイーゼルエンジンの将来は暗い。車メーカーが違った対応をしていれば、電気自動車が完成するまでの繋ぎになったのに、ドイツの車メーカーはみすみす日本車を初めとするハイブリット車と電気自動車に勝利をプレゼントする結果になった。

あるVW マネージャーの話

アウグスブルクにはVWの大きな工場がある。ここで働くドイツ人と知り合う機会が多いのだが、なんとVWに就職すると無償で社用車が貸与されるという(正社員に限る)。保険も燃料費も会社持ち。なんという素晴らしい待遇だろう。彼らは「販売台数を上げるためだよ。」とは言うが、日本の車メーカーに勤めても、重役でない限り、社用車なんてもらえない。

その知人の一人がマネージャー(重役)なんだが、最近、社用車をデイーゼルからガソリン車に変えたという。「なんで?」と聞くと、「市内に車で乗り入れたから。」と舌を出して笑っていた。

VW は今でもデイーゼル車を「クリーンなデイーゼル。市内乗り入れ可能。」と販売しているのに、そのマネージャーが「市内に車で乗り入れたから。」とガソリン車に変えたのだ。これ以上の皮肉はない。

 

 

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執筆者:

nishi

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