ドイツではここ10年間、都市部での不動産価格、家賃の上昇が止まらない。毎月の稼ぎの中から3~4割も家賃に充てるような事態になると、国民は政治に不満をぶつけ、与党の支持率が落ちてきた。ここまで状況が悪化してから、政府は2015年に家賃ブレーキ法を導入した。
参照 : ドイツの最新事情
ところが政治は経済界に配慮するあまり、条例に違反しても罰金のない骨抜き条例にしてしまった。「罰則がなければ、だれも従わない。」のは明白で、この法律を導入後、家賃は下がるどころか、逆に上昇した。これほど役に立たない法令は珍しい。
このまま形骸化して終わるかに思えたが、全国選挙で連立与党は敗北を喫した。このままでは2011年の総選挙が、散々な結果になるのは預言者に聞くまでもない。そこで政府は相次いで家賃ブレーキ法の改定に乗り出した。
この記事の目次
家賃ブレーキ法【改】
これまでの効き目のなかった条例では、「新しい賃貸契約では、家賃をその都市の平均家賃(注1)より11%以上高くしてはならない。」とあった。すなわち平均家賃よりも10%高ければOKというわけだ。例外は以下の三通り。
- 新築物件
- 法律の導入前にすでに、10%以上家賃が高かった物件
- アパートに断熱処理等の近代化を施した場合
家賃ブレーキ法【改】では、「新しい賃貸契約では、家賃は平均家賃(注1)より8%以上高くしてはならない。」とした。
家賃ブレーキ法のもうひとつの抜け道は、アパートの近代化。安い家賃でアパートを長期間借りている賃貸人を追い出すため、無理やり近代化措置を施すと、家賃を75%も寝上げする大家が多いた。
参照 : bz-berlin.de
このような大家の横暴を防ぐため、「近代化の後の家賃上昇は、3ユーロ/㎡を上限とする」とされ、もし」古い(安い)賃貸人を追い出す目的でアパートの近代化を行うと、10万ユーロのまでの罰金が課されるとした。そして家賃ブレーキ法の例外の物件である場合は、賃貸契約の際にこれを賃貸人に伝える義務があるとした。
2019年 三度目の改正
家賃ブレーキ法【改】は2018年に国会で決議され、2019年1月1日から施行された。半年後、改正された法律の効き目を調査したが、「ブレーキの効き目は2~4%」というがっかりな結果が出た。
参照 : zeit.de
問題のひとつは、上述の「平均家賃」にあるように思えた。これまでは過去4年間の家賃統計から、平均家賃を換算していた。ところが10年も続く不動産ブームで家賃はすでにここ数年、過去最高値を記録。ここからさらに8%もの家賃の値上げを許可すると、家賃が安くなるわけがなかった。
そこで平均家賃の計算に使われる家賃統計は、過去6年間の統計から換算されることになった。そして一番大事な変更点は、大家がこの条例を守らずに家賃を値上げした場合、賃貸人には過去30か月分の大目に払った家賃を取り戻す権利を貸与することになった。
さらに2019年の法改正では、アパートの購入の際の手数料にも変更点が加わることになった。これまでは不動産を購入する人が払っていた不動産屋への手数料は、半額までに減額されることになった。残りは不動産会社に販売を依頼した所有者が払うことになる。
この三度目の改正を受けた新家賃ブレーキ法は、2025年までの期限付きで2019年9月1日より施行される。
で、効果はあるの?
専門家はこの新家賃ブレーキ法も、大きな効果はないとみている。「私の前の賃貸人はどの家賃でしたか。」と契約の前に聞ける賃貸人は多くない。もし大家が不正を働いている場合、そんなうるさい賃貸希望者は除外すればいいからだ。そして未だにアパートの近代化を理由に、家賃を大幅に上昇されることが可能な点も指摘されている。
「近代化」という名目で、近代化の前と同じ窓を入れ替えれば、50㎡のアパートでも150ユーロもの家賃の値上げが可能になる。近代化によりエネルギー効率が良くなったとか、そういう点は一切考慮されず、大家が出す請求書だけで値上げが合法化されてしまうからだ。
大家の違憲訴え
そうこうするうちに、家賃ブレーキ法に関する最初の訴えが最高裁判所に持ち込まれた。訴えたのはベルリンでアパートを賃貸してる大家さんとその仲間達。大家さんの見解では、2015年に導入された家賃ブレーキ法は、不動産を所有している大家の権利を不法に制限するものだという。
「賃貸契約がどのようなものであるか、これは大家と賃貸人が自由に決めるものだ。家賃の上限を決める法律は自由な経済活動を妨げ、憲法で定めている平等の原則に抵触する。」という訴えだった。この訴えを受けたベルリンの地方裁判所は、「家賃ブレーキ法は違法である。」と判断、直接、最高裁判所に案件の判断を請う形になった。
家賃ブレーキ法は合憲? 最高裁の判断
最高裁は、「収入が多くない人にとって、都市部に住むことがますます困難になっている。この現況で家賃の上昇、上限を定める法律は一般の利益と合致する。」と判断、ベルリンの大家さんの訴えを却下する判断を下した。
参照 : welt.de
ドイツでは最高裁で判決が出ると、以降は一種の法律となる。大家が最高裁で判決が出ているのに、違法な条項を賃貸契約に盛り込み、賃貸人にこれに従っての支払いを要求したとする。
すると賃貸人は近くの賃貸人組合、あるいは消費者センターを訪問するだけでいい。組合、あるいは消費者センターの弁護士が、「この条項は最高裁の判決、BGH Akz. 12552-2 に抵触します。要求を撤回しないと訴えます。」と手紙を書いてくれる。
大家が「おう、やってみろ!」なんて判断すると、大家は地方裁判所に訴えられる、地方裁判所はすでに最高裁の判決が出てるので、「大家の要求は違法なり。」と判断、上告も許されず、判決が出る。すると大家さんは、裁判費用だけでなく、賃貸人組合、あるいは消費者センターの弁護士用まで払う羽目になる。
賃貸人が払うのは、賃貸人組合、あるいは消費者センターのわずかな会員費だけ。だから最高裁の判決が出た後では、これを争うだけ無駄。ドイツでは最高裁の判決は、合法、違法の格好の判断材料になっている。
家賃ブレーキの使い方
家賃ブレーキ法は、家賃が高騰を続ける大都市での家賃の上昇を押さえるために導入されたもの。過疎で悩む村や数万人程度の小さな町では、法律は適応外だ。しかしほとんどの大都市(人口20万)以上で導入されているので、あなたが住んでいる街も、この法律の適応内である確率が高い。
では実際に法律で定められている家賃よりも高い家賃を要求されたらどうすればいいのだろう?
書面で通知
家賃ブレーキ法の導入前までは、高い家賃に抗議するには賃貸人がこの抗議の根拠を示す必要があった。子供のように、「高いです。」というだけでは駄目で、その主張の根拠のなるデータなりを示す必要があった。ところが法律の導入後は、「家賃ブレ-キ法への抵触で抗議します。」と書面で通知するだけ。
でも大家が反応したかったら?その場合の対策には、格好の判決例があるので、これを紹介します。
判決例
2017年4月、ベルリンの中心部で100平米のアパートを借りた某女性、家賃は1066ユーロ+雑費だった。ところがベルリンのスタートアップ、”wenigermiete.de (「家賃を少なく)という意味。)で検索してみると、現行の家賃ブレーキ法では748ユーロであるべきだった。
参照 : wenigermiete.de
そこで2017年7月に不動産会社、Gabriel International (本社ロンドン)に抗議したが、不動産屋はこれを無視した。返事がないので2017年9月、上述のスタートアップに法的措置を依頼した。そう、この会社は法律違反をチェック、違反があれば会社を訴えて損害賠償を取るのを本業(金儲けの手段)としている。
会社への報酬は勝訴した場合の賠償金から支払われるので、利用者には判決の如何にかかわらず負担、リスクはない。
スタートアップは依頼を受けて不動産会社に抗議したが、これも無視された。そこでこの不動産会社を不当な家賃の請求でベルリンの行政裁判所に訴えた。裁判所は訴えを認めて、不動産会社に4042ユーロの返却を命じた。言うまでもなく、裁判費用、弁護士用もこの不動産会社の負担となった。
参照 : welt.de
この裁判例が示す通り、ドイツでは法律を破ると、簡単に訴えられて損害賠償を命じられる。ドイツの都市部で高い家賃を払っている方は、一度、その家賃が現行の法律の範囲内か調べてみてはどうだろう。新築物件に入居された場合は家賃ブレーキ法が効かないが、そんな方は稀だろう。
もし家賃ブレーキ法に抵触する賃貸契約を結んでいる場合は、過去30か月に遡って家賃を取り戻す権利があるので、みすみす黙って高い家賃を払う必要はない。
お断り
このような記事を書くと、当社にまで、「この場合はどうでしょうか。」と、お問い合わせをいただきます。当社は弁護士事務所ではないので、家賃ブレーキ法、および平均家賃に関するお問い合わせには、回答できません。記事の中で関連機関を明記しておりますので、お問い合わせはそちらまでお願いいたします。