ドイツの鉄鋼大手 ThyssenKrupp 本社ビル
安倍政権の功罪は歴史が示してくれるだろうが、今の時点ですでにわかっている点もある。それは同政権が引き越した数々のスキャンダル。
戦時中に軍部が考え出した忌まわしきスローガン、
「一億総玉砕」
からヒントを得て、
「一億総活躍」
とやるなど、首相の常識のなさを証明している。この常識のなさは、森友学園問題、桜の会、アベノマスク、そしてユーチューブでの失態と、次々と問題を引き起こす結果になった。
その一方で当時のドイツの政治家は、幾つか名台詞を残してる。そのひとつが、
“Flink wie Windhunde, zäh wie Leder, hart wie Kruppstahl”.
である。
「グレイハウンドのように素早く、革のように粘り強く、クルップ鋼のように堅く。」
は、若者の理想像とされた。今時、国会議員が真顔でこんなセリフを言うと、辞任に追い込まれる。それほどタブーなセリフだが、それでも一種の人の関心をひきつける、言い方の妙がある。
このセリフの中で使われているクルップ(鋼)と言えば、当時、ドイツはおろか欧州一の鉄鋼 & 軍需産業であった。その大企業Thyssen & Krupp(テュッセン & クルップ)が、倒産の憂き目にさらされている。
その原因はこちらで紹介している通り。
今回はその後の展開を紹介したい。
この記事の目次
ThyssenKrupp 赤字が止まらない!
日本では4月から3月までを、1年として決算報告をする会社が多い。
ドイツではカレンダー通り、1月~12月を1年とする会社が多い。とは言え、これを決めるのは会社の自由。
ThyssenKruppでは10月から新しい年が始まり、9月に終わるという特殊な形態を取っている。2020年11月中旬、ThyssenKruppは2019/2020年時の決算発表をした。
参照 : www.handelsblatt.com
一見すると波乱の2019/2020年を、96億ユーロの黒字で終えたように見える。が、ThyssenKruppが同社のエレベーター事業を172億ユーロ(邦貨でほぼ2兆円)で売却した事を忘れてはならない。
172億ユーロもの売却益で、決算時に残っていのはおおよそ半分だけ。残りは何処に行ったのか?
エレベーター事業の売却益は、まずは同社の借金の清算に使用された。残りの金は、製鉄部門を筆頭に55億ユーロのも巨額の赤字で食いつぶされた。
この調子で行けば、2年後には残りの96億ユーロも使い果たしてしまう。一体、何がここまでThyssenKruppの業績を悪化させたのだろう?
延焼加速剤 コロナ
などと聞くまでもない。ThyssenKruppの業績がここまで悪化したのは、コロナが原因です。
ThyssenKruppはドイツ海軍に納入する潜水艦から、リニア鉄道、工作機械、さまざまな産業施設を作るインフラ事業など、ありとあらゆる部門に手を出してる。
しかし最大の利益は、車業界向けの鉄鋼の販売。コロナで消費者が将来不安に陥り、車の販売台数が落ち込むと、車業界向けの鉄鋼の需要が急激に落ち込んだ。
鉄鋼の需要が落ち込んでも、製鉄所のランニングコスト、それに人件費は発生し続けるので、コロナはテュッセン & クルップ社の赤字の延焼の加速剤となった。
政府の煮え切らない対策
今や鉄鋼の世界一の生産国、中国。
需要を超える鉄鋼の生産能力を抱え込んでしまった。工場閉鎖をすると国民の怒りを買うので、政府が補助金を出して鉄鋼 & 鉄鋼製品を安く生産、ダンピング価格で世界中に輸出している。
一方、欧州の鉄鋼メーカーは高い人件費に加えて、排出する二酸化炭素の量に応じて”Emmisionszertifikat” / 大気汚染証券を購入しなくてはならない。
欧州産の鉄鋼は、値段の上では中国製の鉄鋼 & 鉄鋼製品にとても太刀打ちできない。そこで政治は中国製の安い鉄鋼に対して関税をかけて、自国の産業を守るべきだった。
ところが中国産の安い鉄鋼価格に慣れた自動車メーカーが、これに反対した。さらには中国はドイツの車メーカーにとって、北米を超える最大のお客様。中国産の鉄鋼に関税をかけて、中国首脳部の機嫌を損なう事を戸惑った。
2020年に入ってから欧州と中国関係が冷却化、EUはやっと重い腰をあげて懲罰関税を課したが、
参照 : ec.europa.eu
時、すでに遅し。とりわけ規模の大きなテュッセン & クルップ社は、政府の煮え切らない政策の余波をもろに受けて、経営がなりゆかなくなった。
クルップ財団の罪
とは言っても、すべての製鉄会社がコロナのお陰で倒産の危機にあるわけではない。
業界二位のザルツギター / Salzgitter は、2020年度は赤字で終わるが、
「去年とほぼ同じレベルの赤字。」
との展望を明らかにしている。
参照 : www.ndr.de
何故、テュッセン & クルップ社はこんなにひどいのか?それはマネージメントの誤断にある。とりわけThyssenKruppを後ろで支えていた、クルップ財団の罪は大きい。
ジーメンスから就任した前社長、見込みのない鉄鋼部門を手放して、ThyssenKruppを他社では真似できないテクノロジーを提供する先端技術の会社に転換させようとした。
ところがクルップ財団、正確に言えば、財団のトップに就任した数学博士がこれに抵抗した。テュッセン & クルップ社の最大の株主からの支持なくしては、社長でも鉄鋼部門の売却などという思い切った政策転換はできない。
そこで社長と、社長の戦略を支持した取締役員会長も一緒に辞任した。その後、臨時の社長に収まったのが、今の社長のメルツ女史。女史の采配の下、鉄鋼部門の採算性はさらに悪化した。
借金で首が回らないので、エレベーター事業を売却したわけだが、鉄鋼部門がその売却益を食いつぶしている。
業界第二位のザルツギター社と合併?
八方ふさがりのテュッセン & クルップ社、すなわち社長のメルツ女史は、業界第二位のザルツギター社と合併することを思いついた。
商売敵と合併することで競争が減り、鉄鋼の価格が安定、おまけに経費を節約できて、
「鉄鋼部門を黒字にできる。」
と考えた。ところがザルツギター社はこれを蹴った。赤字体質に悩む、それも自社よりも規模が大きい会社と、合併したい会社は少ない。
ThyssenKruppは合併の話を進める前に、まずは鉄鋼部門の思い切った合理化を進めるべきだろう。ところが、
「捨てる神あれば、拾う神あり。」
とはよく言ったもので、今度は英国の製鉄会社Liberty が、鉄鋼部門の買収オファーを出してきた。
参照 : www.ndr.de
喜ぶのはまだ早い。
袋にはいったまま猫を飼う人はいない。
オファーは、
「買う意思があります。」
というもので、テュッセン & クルップ社の決算の詳細を見る事を要求している。
「詳細を見てから値段を決める。」
というので、高い値段は望めない。労働組合にとって、外国の企業への売却が意味するものはひとつ。容赦ない人員の削減、製鉄所の閉鎖だ。労働組合が売却案に大反対しているのも、うなづける。
又、ThyssenKruppのトップは、英国の製鉄会社Liberty のオファーを少し疑っている。
今後、欧米の鉄鋼業界では二酸化炭素を放出しない、水素を使った新しい製鉄の方法へと推移していく。
そのノウハウを開発して実用段階にまで高めたのが、テュッセン & クルップ社なのだ。しかし今のコークスを使って製鉄をしている製鉄工程から、この新しい技術を使った製鉄工程へには、とんでもない金がかかる。
そこでテュッセン & クルップ社は技術はあるものの、金がないのでこれを実行に移せない。英国の製鉄会社Liberty はこのノウハウを盗むのが主な目的で、技術を習得したら製鉄所が軒並み閉鎖される事を恐れている。
ドイツの鉄鋼大手 ThyssenKrupp 最後の頼みは国有化?
ドイツの鉄鋼最大手ThyssenKruppにとって、残された方法と言えば会社の国有化のみ。
州政府に株を取得してもらい、その金で水素を使った新しい製鉄の生産工程を導入する。環境に優しい方法で製造された鉄鋼は、消費者、そして消費者の動向を無視できない顧客の購買意欲をかきたてる(かもしれない。)
それだけではない。これまで求愛を頑として断ってきた業界第二位のザルツギター社にとっても、合併した際にリストラを強いられるリスクが減る。ひょっとしたら合併も可能になるかもしれない。
が、テュッセン & クルップ社のあるノルトラインヴェストファーレン州政府は、赤字企業への経営参加に全く興味を示していない。この州で政権にあるCDUは、
社会民主党 / SPD と異なり、経営が傾いた民間企業への資本参加には昔から消極的。さらには州知事のラシェット氏は今、次期党首&首相候補として、2021年の総選挙に出馬する野心を抱いている。
その大事な局面でThyssenKruppへ資本参加を決定すると、党内での支持を失いかねない。こうした事情があり、国営化論には見込みがない。
ThyssenKrupp 鉄鋼部門の売却が唯一の道
社長のメルツ女史の起死回生の案、
「エレベーター事業を売却して、売却益で鉄鋼部門を立て直す。」
は、水泡に帰した。コロナがなければうまくいっていたかもしれないが、そんな事を言っても、会社は救われない。
今後、どうすればThyssenKruppを倒産の憂き目から救えるのか?
コロナがワクチンで急速に終焉して景気が一気に回復、鉄鋼の需要が回復するというシナリオがないわけではない。が、同社の鉄鋼部門はコロナの前から赤字。コロナが終焉しても、どれだけ収益が改善するのか?
現状では鉄鋼部門の売却が唯一の道だ。おそらくは何処かに売却されることになるだろう。
もし何も決まらないまま、2020/2021年を終えることになると、目も当てられない事態になる。
ドイツの鉄鋼最大手ThyssenKruppの結末は、また改めて紹介します。