ドイツの年金制度 について語るなら リースター年金 なしでは語れません。
ところが
「言葉の壁」
のせいで、ドイツで働く日本人の中には、その名前も知らない方がとても多いです。そんな方を食い物、もとい、飯の種にしているのがドイツで暗躍しているファイナンシャル アドバイザーだ。
自称
「ドイツ認定のファイナンシャル アドバイザー」
のセールスを受けて、何度か当社まで
「本当なんでしょうか。」
と、ご相談をいただいたことがあります。これ以上被害者を出さないために、保険業界が好んで用いる詐欺の手管を公開します。
この記事の目次
ドイツの年金制度
21世紀初頭まで、ドイツの年金制度は日本と同じようなシステムでした。
すなわち国民は勤務している会社と折半して国民年金に掛け金を払い込みます。その掛け金はお給料の20.3%。大企業で働いている人はこれにプラスして企業年金 / Betriebsrente に加入できました。
しかしながらこの手厚い社会保障制度は、雇用者側への大きな負担となり、企業は雇用を控え始めます。ドットコム バブル崩壊だけでもしんどかったのに、ドイツは東ドイツ併合という重荷を負っていたの原因です。
ドイツ経済がイケイケどんどんだった頃の社会保障制度を維持していた為、大不況に発展、展望なし泥沼状態でした。
その一方で高い失業率 + 出産率の低下による国民の高齢化が加わり、2030年以降は国民に払う年金の資金源が枯渇する試算が上がってきます。
この事態に直面したのが二期目のシュレーダー政権です。
「もう後がない。」
と悟った首相は、思い切った社会保障システムの改革を断行します。
アゲンダ 2020 / Agenda 2020
これがアゲンダ 2020 / Agenda 2020 というシュレーダー政権による、失業保険から生活保護まで包括する社会保障システムの大改革です。
この改革により、年金システムも大きく変更されました。まずは企業の負担を減らすため、払う掛け金を段階的に19.3%に下げることに。
掛け金が減ったのに、支給額は前と同じになる筈がありません。こちらに45年間働いて同じ年金額を払い込んだ場合の、年金表があります。左側がお給料、右側が年金受給額です。
参照 : gevestor.de
45年間、同じお給料をもらうということは現実にはないですが、大体の目安になると思います。
毎月、お給料を4000ユーロもらっていても、年金が1814ユーロです。高給取りで、すでに支払いの終わったマンションでもあれば、なんとか年金だけで生活できるかもしれません。
しかし平均、あるいは平均以下のお給料をもらっている人は、支払いの終わっているマンションなどある筈もなく、年金だけでは生きていけないという状態になりました。
「足らない分は、政府が補助金を出すから自分で補填しなさい。」
とやったのが、諸悪の根源です。
リースター年金 ってお得なの?【ドイツ年金制度】
こうして登場したのがリースター年金 / Riester-Rente です。この制度を簡単に説明すると、個人が保険会社、あるいは銀行などと結ぶ個人年金制度です。加入できる人は個人企業主を除く国民です。
普通の個人年金と何処が違うの?
それは国がリースター年金の加入者には Zulage と呼ばれる補助金を出すことです。
国が出す基本補助金 / Grundzulage は、個人が払い込む額により異なりますが、最低でも175ユーロ/年。もし子供がいる場合は、子供補助金 / Kinderzulage が300ユーロ/年/人上乗せして払われます。(*1)
そう、もし子供が二人いれば600ユーロ、4人いれば1200ユーロです。
年金の掛け金
じゃ、毎月1ユーロこの年金に払えば、毎月175ユーロも補助金が出て、超~お得じゃん!
って独特な思考過程をする人も居ますが、そう甘くはないです。基本補助金をもらうには、
- 年俸(税込み)の4%
- あるいは最低60ユーロ/年
を掛け金として払い込む必要があります。例えば毎月2000ユーロのお給料で4%の年俸方式ととると、
2000 ユーロ x 12 =24.000 ユーロ x 4% = 960ユーロ
日本人だったら960ユーロが毎年の掛け金だと考えますが、ドイツではちと違います。この掛け金から基本補助金をの175ユーロを差し引いた額、785 ユーロ が、自身で払う1年の掛け金になります。
リースター年金の種類
リースター年金と一口に言っても、無数の製品があります。国が提供するシステムではなく、保険会社や銀行が提供する個人年金なので、いろんな製品を考案します。大きく分けると、
- 積み立て型リースター
- 投資型リースター
- 住宅積立金型リースター
の3つに分かれます。どんな形の個人年金システムなのか、個々に解説していきます。
積み立て型リースター
一番典型的なリースター年金が、この積立型です。基本、49歳までの方なら(個人事業主を除き)、誰でも始められます。内容を見る前に、まずは基本的な事を知っておきましょう。
ドイツの年金受給開始年齢は67歳です。20歳でリースター年金を始めても、支給されるのは67歳になってから。(*2)
ですから67歳までに幾ら積み立てるか、目標額を決めて積み立てるのがこの積立型です。では例えば、67歳までに5万ユーロ払い込むと、毎月の年金はお幾らになるのでしょう。
上述の表のとおり、180ユーロです。一見すると、ぼちぼちの額ですが、この額では払い込んだ5万ユーロの元金(補助込み)を取り戻すのに、
50.000 ユーロ ÷ 180 = 277.7777,,,
277,777ヶ月必要です。年に換算すると、
277,7777÷ 12 = 23,1481,,,
なんと23.1年も必要です。その頃にあなたはすでに、67歳+23,1年=90,1歳。
「ウチの家族では100歳前に死んだ者は居ないっ!」
という方なら、元が取れます。
しかしドイツ人の平均寿命は80歳ですから、加入者の多くは払い損になります。そう、リースター年金は加入者が得をするのではなく、リースター年金を販売する会社が大儲けする事を目的に導入されたシステムです。
駄目押ししておくと、リースター年金の欠点は、それだけではありません。リースター年金は補助金が出ているので、課税されています。
2020年では年金生活者の課税義務の境界線は、9408ユーロ/年収です。この額を超えると、課税されます。
ですから上述の、
「毎月180ユーロ出る。」
という試算は建前(課税前の額)です。
投資型リースター
投資型リースターでも、国から出る補助金の額などの諸条件は積み立て型と同じです。違うのは払い込んだ積立金を(銀行、保険会社が)株式市場に投資する点です。「積み立て型に比べて、より多くの年金が期待できます。」という宣伝文句を信じた多くの市民は、積み立てたお金を失っています。
とりわけリーマンショック、コロナショックにより、投資したお金は減額。払い込んだ元金さえも取り戻せないのが、このタイプの特徴です。
それじゃ、積み立て型と同じじゃないですか?
その通りです。ただ、お金を失う可能性がもっと高いのが特徴です。
住宅積立金型リースター
住宅積立型リースターは老後の資金ではなく、将来、ドイツで不動産を購入、あるいは所有している不動産の改修工事のために、その費用を詰め建てる形のリースター年金です。
目的は異なりますが、国から出る補助金の額などの諸条件は積み立て型と同じです。
問題は不動産を買う(新築であることが条件)場合、補助金が出ているので、がっつり税金をひかれます。この住宅積立金型リースターは、とりわけその構造が複雑で、私も100%理解できていません。
そこで消費者団体が計算した表を使います。
左端は、毎年2100ユーロ(払い込みできる最高額)を30年間払った場合です。補助金、利子などを含めると、口座の残高は86.200ユーロあります。実際に自分で払ったのは60.620ユーロですから、2万ユーロも増えているわけです。
「いいじゃん!」
って思うかもしれませんが、
「じゃ、家を買うので口座を解消すます。」
と一発解約をすると、24.252ユーロの納税義務が発生。これを払って手元に残るのは、56.368ユーロ。
実際に自分で払ったのは6万3000ユーロですので、お金を失ってますよ!わからない、この積み立て型リースターの仕組みと意味が。
リースター年金 何故、支給額がこんなに低い?
リースター年金の支給額がこんなに低いのは、保険会社や銀行が契約成立手数料をたっぷり取るからです。リースター年金の契約をして、最初の半年~1年に払う掛け金は、すっぽり保険会社や銀行のポケットに入ると考えておきましょう。
自分の積み立てが始まるのは、運が良くても半年後から、ひどい場合は2年目からです。ですから国が補助金を出しても、こんなに支給額が低いんです。そもそも国が補助金をわざわざ出すなら、
「なんで国が国民年金にその金を積み立てない?」
って思いませんか?
では何故、国はその補助金を国民年金に積み立てないで、民間企業に積み立てを任せるのでしょう?
リースター年金 で大金持に!ハノーファーコネクション
この補助金付きの個人年金制度を導入したシュレーダー首相は、ハノーファー出身です。ドイツにはハノーファーコネクションと呼ばれる、政界と経済界のコネクションがあります。
参照 : handelsblatt.com
政界と経済界が、持ちつ持たれつで仲良くやっていこうという組織です。かってドイツの大統領(言わずもがな、ハノーファー出身)もこのコネクショから収賄を受け辞任に追い込まれている例が示すように、このコネクションはその構成員の顔ぶれの広さで、ドイツ一です。
シュレーダー首相は選挙運動に貢献してくれた、ハノーファー コネクションの構成員のマシュマイヤー氏に感謝して、このリースター年金を導入を決断します。
お陰で小さな生命保険会社を運営していたマシュマイヤー氏、正確には氏の経営する生命保険会社 AWD は飛躍的な躍進を遂げ、マシュマイヤー氏は人もうらやむ大金持ちになります。
参照 : focus.de
その後、氏は会社を売却、有名女優と結婚、今日では億万長者として悠々自適の生活を送っています。*3
すなわちリースター年金は、不足する国民の老後の年金を補足するために創設されたものではなく、銀行、保険業界へのプレゼントです。
ですから支給額が低く、加入者は老後の大事な資金を失うシステムが、政府の公認で堂々を行われています。*4
目指せ!第二のマシュマイヤー
誰かが成功するとその方法をコピーして、
「俺も第二のマシュマイヤー!」
と思うのは人間の常。ドイツには第二マシュマイヤーを目指して、何も知らない人にリースター年金を売り込んでいる輩がたくさん暗躍しています。
ドイツで就職して銀行口座を開くと、数か月、あるいは数年後には銀行から、
「大事なお話があります。」
という手紙が来ます。わざわざ銀行まで出かけると、
「老後の計画はどうされていますか。」
と聞いてきます。
大方のケースでは、
「考えていない。」
と回答されるでしょう。もし企業年金に加入していないとわかると、「ドイツでは公的年金の額が低すぎて、これだけでは生活できません!」とたたみかけてきます。
詐欺の常套手段
話は飛びますが、詐欺の常套手段をご存知ですが。
「おめでとうございます!あなたに賞金1億円が当たりました!」
という針が見え見えの餌(文句)では、信じる人は少ないです。もっと効果があるのは、説得の文章に一部の真実を混ぜ、相手を不安にさせることです。
例えば、がん保険を売りたければ、
「国民の半数が癌にかかってます!」
とやります。生命保険を売りたければ、
「あたたの大切な家族、あなたが亡くなった時はどうしますか。」
とやります。こうして真実を含めた文章を含まれることで相手の不安を煽り、ガードを下げさせます。
リースター年金を売る銀行員セールス文句は、かってマシュマイヤー氏が使ったものと同じです。
「リースター年金に加入すると、政府から補助金が出るんですよ!これをもらわない手はありません。」
です。この言葉を聞くと、
「知らなかった。損をするところだった。この人はなんて優しい人なんだ!」
と感心。
あとはいとも簡単にリースター年金を売りつけます。
ドイツ認定のファイナンシャル アドバイザー
幸いドイツに住む日本人の多くは、ドイツ語が苦手だったので、この手のセールスの被害を受けることが少なかったです。
ここに目を付けたのが、「ドイツ認定のファイナンシャル アドバイザー」です。そもそも、「ドイツ認定」という言葉に違和感を感じませんか?
彼はいかがわしい商売を続け保険業界から何度も警告を受けたにもかかわらず、相変わらず、同じ手腕で日本人相手に個人年金を売りつけています。
彼が考えているのはあなたの老後ではなく、彼の老後だけです。契約を一本取ると、数千ユーロの契約成約金が支払われるのですが、そのお金は何処から出ていると思いますか?
そう、あなたが老後のために払い込む掛け金から、数千ユーロの契約成約金が支払われるのです。甘言に惑わされないようにしましょう。
リースター年金 に代わる老後の蓄え
リースター年金が駄目なら、老後に備えてどうすればいいの?日本の国民年金基金?
うーん、こちらも似たり寄ったりです。私の個人的な意見ですが、効果的な老後対策は株です。これがドイツのトップ30企業が上場されているDAXの、創設時からのチャートです。
参照 : boerse.de
あたなが生まれた年に投資していれば、それが今、何倍になったか一目瞭然です。20年以上の長期で見れば、いつ株を買っても、損をすることはありません。記憶に新しいリーマンショック、コロナショックが刻んだ凹みでさえ、20年の月日ではその傷跡をすっかりカバーしています。
「ドイツだけに投資するのはなあ。」
という方には欧州のトップ企業50社が上場されている EURO Stoxx 50 に投資すれば、もっと幅広く投資できます。
今、ちょうどコロナショックのお陰で、株がと~っても安く買えます。リースター年金なんぞ始めるのではなく、DAX や Euro Stxx 50 の ETF を買えば手数料は0,1~0.16%。
「ドイツ認定のファイナンシャル アドバイザー」
に払う手数料よりも格段に安く、おまけに毎年、配当金までもらえます!
2019年の業績に対して2020年に支払われる配当金は、DAX で2.9%、Euro Stoxx 50 で3.3%です。
参照 : boerse-online.de
ドイツで老後を迎える方は、”DAX ETF “、あるいは “Euro Stoxx 50 ETF”とぐぐって、ご自身で老後に備えた投資を始めましょう。30年あれば安泰ですが、20年でもまだイケます。10年だとちと短いが、コロナショックの今買えば、それでも老後は何の心配なく南国で過ごせます。*5
ドイツの慣用句、”Ein jeder zählt nur sicher auf sich selbst”(頼れるのは己だけ)にもある通り、大事な老後の備えを赤の他人(あるいは国)にゆだねることはやめておきましょう。
注釈
*1 2008年以降に生まれた子供に限ります。それ以前に生まれた子供の場合、185ユーロ。
*2 これはあくまでも基本です。早めに受給を開始することも可能ですが、毎月の受給額はかなり目減りします。
*3 マシュマイヤー氏のお陰で、多くの市民が老後の資金を失いました。 買収された AWD は悪評がたちすぎて、この会社を買ったスイスの会社は同社を閉鎖する羽目に追い込まれます。
*4 政府もやっとこれに「気が付き」、リースター年金の改革を検討しています。参照 : finanzen.de しかし大規模な改革には及び腰なので、期待しないほうがいいです。
*5 ドイツ(EU)以外の国で老後を迎えた場合、年金にかかる税金の支払い義務から解放されます!