日本で好んで語られる
「ドイツの高速道路は速度制限なしで無料説」
ですが、ドイツの高速道路は無料ではありません。数十億もかかる高速道路を整備して、
「ドイツ国民はおろか、世界中の皆さん、ただで使ってください。」
なんてできるのは産油国のサウジアラビアくらいです。
ドイツでは
「高速道路の整備費用はガソリン税で徴収する。」
という政策を取っており、ガソリン代は日本よりも50%以上高いです。これが理由で高速を利用しても、お金を徴収されることはありません。
しかし、
「ドイツ国民はガソリン税を払うが、外国人は無料で高速道路を使ってる。」
のが問題に。
これまで度々、
「高速道路使用料を導入しよう!」
と話題になりましたが、国民からブーイングをくらい撤回する羽目に。ところが今回は法案になってしまいました!
ドイツの高速道路、今度は本当に有料化なりや?
この記事の目次
メルケル首相の明言 – 高速料金は導入せず
4年前の選挙戦でメルケル首相は(後で有名になる言葉)、“Mit mir wird es keine Pkw-Maut geben.”(私は自家用車の高速料金は導入しない。)と語った。
この言葉で選挙民を安心させて選挙に勝つと、
「自家用車の高速道路の利用を有料化する。」
と、ころりと手のひらを返した。(*1)
勿論、ドイツ人は破られた公約に腹を立てたが、間抜けなことにメルケル首相はすでに選挙に勝ってしまった後。
選挙民は、
「また騙された!」
と、地団駄を踏んだ。一体、何度騙されたらわかるのだろう。大衆のナイーブさには舌を巻くばかり。
メルケル首相の良心は、それでもちょっぴり痛んだらしい。そこで
「高速使用料の引き換えに、自動車税を減額することで費用負担を相殺する。」
と苦い薬をオブタートで包んで飲みやすくした。
4~5年後、この自動車税の軽減を取り消せば、政府には新しい財源が誕生することになる。忘れっぽい大衆は気づきもしないだろう。
が、この高速道路有料化法案には大きな問題があった。
欧州委員会の反対
EU 内では、
「他の欧州加盟国の国民を差別してはならない。」
というEUの大原則がある。この法律案では、外国人だけ高速使用料を払うことになる。
これはまさしくEU大原則に抵触するので、欧州委員会がドイツにイエローカードを出した。
お陰で政府は高速料金の導入を閣議決定したにもかかわらず、導入されることなくして棚上げになってしまった。
欧州委員会の反対があるのに法案を導入すると、でかい罰金を課せられるからだ。
とりわけ首相の反対を押し切って、高速料金導入を連立政権の協定書に書き込むことに成功したドブリント交通大臣にとっては、大きな敗北だった。
以来、ドブリント氏はこの法令のカムバックを目指して、欧州委員会と交渉を続けてきた。
苦肉の策 – 低価格の高速料金
同氏の忍耐の甲斐があって、欧州委員会は
「他の欧州加盟国民を大きく差別しないなら、有り得る。」
と妥協のシグナルを出してきた。そこでドブリント氏はなんとか面子を救って次期の政権でも大臣の椅子をもらおうと、高速料金の導入に政治生命を賭けた。
そして出来上がった高速料金導入案では、外国人に対する料金が半額にされており、
「これじゃ有料化にかかる費用の方が、高速料金の収入よりも高い。」
と非難された。政治生命がかかっている交通大臣は、
「いやいや、ちゃんと黒字になりますよ。」
と言い張ったが、同大臣が提出したプランでは、外国人の数が水増しされて計算されており、本来の目的、
「高速料金を徴収して、道路の整備に使う。」
には役に立ちそうになかった。
ドイツの高速道路 有料化決定
この法案は、
「費用がかかるだけで、実収入ゼロ。」
という野党の反対むなしく、国会で可決されてしまった。いよいよ高速道路の有料化が現実のものとなりそうだ。
肝心の使用料だが、”Maut”(高速料金)について報道しているメデイアによると、最大で130ユーロ/年かかるそうだが、
「普通の人」
なら年間74ユーロ/年で納まるそうだ。
この料金は上述の通り、自動車税から減額されるという約束だ。外国人の場合は、10日券が2.5ユーロ、年間では20ユーロなので、それほど大きな負担にはならない。
この価格では有料化しても、赤字になるのも無理はない。日本だったら、2.5ユーロでは1区間も走れないだろう。
オーストリアの抵抗
低価格にもかかわらず、ドイツの周辺国、とりわけオランダとオーストリアはこの料金を”Ausländermaut”(外国人料金)と呼び、
「決して受け入れない。」
と徹底抗戦の構えだ。
両国政府は欧州裁判所に訴えるといきまいており、本当にこれを実行に移す場合、ドブリント氏の政治生命がかかっている高速の有料化は、裁判結果が出るまで棚上げになる可能性も出てきた。
この法令が違法と判断された場合、交通大臣の面子は丸潰れだ。さらには高速の有料化でお金を稼ぐ筈だったのに、
「裁判結果が出るまで導入お預け」
では、財務大臣のショイブレ氏がご機嫌斜めだ。来年度の予算にこの収入を見込んでもいいのか、予想がつかない。
現時点では高速料金導入が予定通り施行されるか、まだ予断を許さない。
審査会 ドイツの高速道路 有料化案を認可す!
オランダ、それに右翼のオーストリア政府の提訴を受けて、欧州裁判所の審査会がドイツの高速料金の合法性の審査を始めた。
提訴から2年経った2019年2月、審査会はドイツの高速料金はEUの規定に違反しないという、審査結果を出した。
参照元 : Berliner Morgenpost
欧州裁判所の判決
審査会の決定後、欧州裁判所は
「ドイツの高速道路有料化案はEUの規定に違反するかどうか。」
の判断を2019年の6月に下した。その判決は、
「ドイツの高速料金はEUの規定に抵触する。」
という予想外の内容だった。
参照元 : Spiegel
通常、欧州裁判所は審査会が出した審査結果に沿う判決を下すもの。
「もう勝ったも同然。」
とすっかり勝った気分になっていた交通大臣には大きなショックだった。
高速道路の有料化案を法案にしたドブリント氏は、今、CSU の国会議員団長に昇進している。
その後を継いだのが問題発言の多いショイヤー交通大臣だ。氏はこの判決を受けて、
「高速道路の有料化はお流れになった。」
と、負けを認めた。が、問題はこれからだった。
5億6500万ユーロの損害賠償請求
ショイヤー交通大臣は欧州裁判所の判決が出る間に、高速有料化を見込んで、高速チケットの印刷、料金を回収する作業をすでに依頼済。
ドイツでは、
「ごめん、なかったことにして。」
というわけにはいかない。契約破棄になった場合は、罰則規定があり、そこには交通省が料金回収業者に、
「5億6500万ユーロの賠償金を払う。」
と明記されている。
参照 : tageschau.de
結果、ドイツ政府は高速料金を徴収するどころか、5億6500万ユーロの賠償金を払う羽目になった。
この政府の醜態で国会諮問委員会が招集された。この諮問会でショイヤー交通大臣は、
「契約書を読んでいなかったので、知らなかった。」
という子供だましの言い逃れで切り抜けた。諮問員会も大臣が嘘を言っていることが証明できず、地団駄を踏んだだけ。
日本の大臣ならまだ辞任するだけの羞恥心があるが、ドイツの大臣は厚顔無恥なので、誤りを認めず、辞任など考えない。
注釈 – ドイツの高速道路 今度は本当に有料化?
*1
ドイツの国営放送 ZDF の日本駐在員が日本のテレビに出演。
「何故、メルケル首相は(阿部首相と違って)コロナ危機で支持率が上昇したのか。」
との問いに、
「ドイツの首相は嘘をつかないから。」
と、流暢な日本語でしゃあしゃあと真っ赤な嘘の回答をしていた。
ドイツの首相だって嘘をつく。ただ安倍首相のように、会見の度に嘘をつくわけでない。
大きな転換点で何度か嘘を言う程度なので、新しい嘘が出る頃には選挙民はすっかり前の嘘を忘れている。
ZDF のドイツ人も首相の嘘を忘れていたのかもしれない。それもドイツ人の愛国心か?