2022年2月、ロシアのウクライナ侵攻により
「ロシア産の安いガス」
に依存していたドイツ経済は崩壊の危機に瀕した。
ここで
「ウルトラマン」
のように活躍したのが緑の党のハーベック通産大臣。
危機を克服して、
「最も人気のある政治家」
になった。
ところが1年後、ブレーメン州選挙で大敗を喫した緑の党は
「ハーベックのせい」
と下手人を名指しするほど。
一体、何があったのだろう。
この記事の目次
連立政権内で大揉め GEG法案
ここ1年でハーベック通産大臣は、
「べルトコンベア」
のように次々に失言を量産した。
そのひとつはドイツの原発廃止。
「戦地のウクライナでは原発を廃止しないのに、なんで平和なドイツで廃止するの?」
と記者に聞かれ、
“Das Ding steht schon da.”(そこにすでにあるから。)
と訳のわからない回答。
せめて
「外国政府の経済政策は私の管轄外。」
と言えばいいのに、とにかく失言が多すぎる。
その大臣の
“Eigentor”(自殺点)
となったのが、ここで紹介したGEG法だ。
「軽油やガスを使用した暖房施設の販売・設置は、2023年末で禁止する。」
という無茶な内容。
インフレでただでも生活がしんどい市民に、
「環境を守るため」
と称して新しい暖房設備を導入することを強要した。
これに数々の失言が
「追い風」
となって、
「ハーバックは頭が悪過ぎる。」
という定評が市民の間で定着した。
ベストフレンドとは?
ここで発覚したのが
“Trauzeugen-Affäre”(ベストフレンド事件)
である。
キリスト教の普及地域では、結婚式の際
Trauzeuge”(婚姻証人)
を指名する習わしがある。
「俺はイスラム教徒だ!」
という方でもドイツで結婚すると法律上、婚姻証人が必要となる。
かっては二人必要だったが、今では一人だけでいい。
勿論、4~5人を婚姻証人に指名してもいい。
この婚姻証人を英語圏では
「ベストフレンド」
という。
こちらの方が名前を聞いただけで
「大体、どんなものか想像できる。」
と思うので、こちらを使用します。
ベストフレンド疑惑浮上
ハーベック通産大臣は、複数の人物を官僚のトップの政務次官に添えている。
軍隊でいえば大臣が将軍で、政務次官は参謀将校に相当する。
そして通産省を実際に動かすのは、この参謀将校の政務次官だ。
ハーベック通産大臣は政務次官の
「上奏」
を聞いて、首を縦に振るか、横に振るか、それが仕事。
だから政務次官がしっかりしていれば、大臣の職務は誰にでも勤まる。
その最たる例が日本の防衛大臣。
わずか20秒ほどのコメントでも、
「原稿を棒読み」
するだけ。
これで国防大臣が勤まるなら、誰でもできるよね~。
逆に言えば、それほど政務次官が重要だ。
その大事な通産省の政務次官の一人が、
“Patrick Graichen”氏だ。
今回、GEG法の施行にあたり政府は
“Heizungsgesetz”(暖房法案)
にて、
- どの暖房設備が補助金の対象になるか
- その補助金の額
を定める。
言い換えれば、暖房法案が決まらないと、市民はどの暖房設備が補助金の対象になるのかわからないので、動けない。
その暖房法案は政務次官のグライヒェン氏が中心になり、通産省内で法案を作り上げた。
そこまではいい。
問題はここから。
官僚は頭が固い。
とりわけドイツ人官僚は、
”Betonköpfe”(コンクリート頭)
と呼ばれるほど、頭が固い。
そんなコンクリート頭が苦手なのが、奇抜なアイデアを出すこと。
これは民間の企業しかできない。
そこで政府は
“Energiewende”(エネルギー革命)
に必要な優れた頭脳を民間からリクルートする目的で
“Deutsche Energie-Agentur “(ドイツエネルギー会社)
という民間の会社を創設した。
その社長は、数千万円ものお給料がもらえる実においしい仕事。
その社長は、本来なら公募して、選考委員会が決めるの。
ここでグライヒェン氏が介入、
「俺に任せておけ!」
と、氏のベストフレンドを無理やり社長に押し込んだ。
これがベストフレンド事件の
「始まり」
だった。
身内経営
政務次官の強引な人事決定だけでも大きな問題だが、問題はそれだけにとどまらなかった。
日本同様にドイツでも、政府のプロジェクト(政策)を会社の主な収入源にしている”NGO”が多い。
そのひとつが
“Bund”(連盟)
という名前の自然保護団体。
通産省からの
「おいしい仕事」
をもらって存在できる組織だが、ここには政務次官の妹が勤務している。
そしてその妹は、もう一人の通産省の政務次官と結婚しており、通産省自体が
「グライヒェン氏一家」
の身内経営そのものである。
さらに!
環境省や通産省が
「研究結果」
が欲しい際にちょくちょく利用する
“Öko-Institut”(環境研究所)
には、政務次官の弟が勤務している。
このような身内経営はアジアではよくあること。
前菅首相の
「ぼんくら息子」
は東北新社に拾ってもらい、政府へのコネで仕事を取り次いだ。
岸田首相も同じ。
それでも身内経営が横行する日本では、
”OK”
だ。
が、西欧でこれをやると
「ボコボコ」
に叩かれる。
通産大臣 ベストフレンド事件で政務次官を解約!
西欧のメデイアはこのような
「恰好のテーマ」
があると、相手が大臣だろうが、首相だろうが容赦しない。
連日、
「通産省は”Vetternwirtschaft”(身内経営)の巣窟」
とテレビや新聞で報道された。
野党からは当然、
「グライヒェン政務次官のクビ」
の要求が上がったが、ハーベック通産大臣はこれを蹴った。
これにはちゃんと理由もある。
そもそもドイツの
「エネルギー革命の筋書き」
を描いたのはドクターのタイトルも持つ、グライヒェン政務次官だった。
ロシア産の天然ガスを止められて、その危機回避のプランを立案したのもグライヒェン政務次官。
ものすごく切れる頭脳を持つ官僚だ。
氏がいなければ、ハーベック通産大臣はただの馬鹿。
だから解雇できなかった。
が、この判断も誤りだった。
そもそもグライヒェン政務次官はドイツエネルギー会社への人事介入について、ハーベック通産大臣に何も報告していなかった。
そう、大臣はテレビの報道で知らされる羽目になった。
流石にハーベック大臣でも
「もうないよね?」
と不安になり、身辺調査をさせた。
するとまた新たな身内経営の証拠が出てきた。
やっとこの時点になり、大臣はグライヒェン政務次官を解約した。
「クビにはしない。」
と断言してから、1週間も持たなかった。
いつもは
「原稿の棒読み」
などしない大臣が、神妙な面持ちで政務次官のクビの原稿を読み上げた。
その表情からもこの
「ボデイーブロー」
がかなり効いたことがよっくわかる。
どうなる暖房法案?
通産省、そして緑の党はグライヒェン政務次官の解雇により、
「これで暖房法案を国会に出せる。」
と安堵していたようだ。
ところがそうは問屋が卸さなかった。
まず野党が、
「グライヒェンの利益になるように作成された暖房法案など、審議するに足らぬ。」
と廃案を要求した。
さらに!
通常は慎重な与党のSPDでさえ、
「変更が必要だ。」
と主張。
そして肝心要の財務省を掌握する与党のFDPは、
「このままでは法案には賛同できない。」
と法案を国会に議題として出すことを拒否。
こうして
「暖房法案を夏休みの前までに国会で可決させる。」
という通産省の目論見はご破算となった。
結果、暖房法案の成立が今年の後半にずれ込むことになる。
お陰で
「化石エネルギーを使う暖房は2023年にて廃止」
という通産省の目標も危うくなった。
それもこれも
- ハーベック大臣が官僚をコントロールせず、官僚にコントロールされていたこと。
- 政務次官の身内経営を大目に見たこと
が原因だ。
将軍たるもの、命令を守らない部下は処罰しなければならない。
諸葛孔明だって
「泣いて馬謖を斬る」
と語られている通り、お気に入りの将軍でも処罰した。
これをできない大臣、そして首相は、指揮官として役に立たない。