党首就任数ヶ月で辞任要求と戦うナーレス党首
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ヘッセン州議会選挙
10月28日、ヘッセン州にて州議会選挙があった。日本に住んでいると州選挙と言われても、「県議会選挙みたいなもの?」と、ぱっとしない。連邦制のドイツでは上院の議員は、州を統治している政党の構成員で占められる。そして上院は下院で可決された与党の法律案を拒否できる権限を持っているので、ドイツの州議会選挙は、とても重要な政治的な意味を持っている。
2週間前にバイエルン州で議会選挙があり、ここで与党のCSUはかってない大敗を喫した。選挙後、CSUの党首ばかりか、メルケル首相への政治的な圧力が高まっていた。もしここでも同様の結果を出すようなら、12月にハンブルクで行なわれるCDU党大会でメルケル首相の再選に投票する党員の数ががっくり減ることが予想される。すなわちヘッセン州の州議会選挙は、州選挙の行方を決めるものではあるが、同時にメルケル首相の将来を決めかねない重要な選挙であった。
二大政党の記録的な敗退
世論調査ではドイツの二大政党、CDUとSPDの低迷が予想されていた。それでもキリスト教民主同盟は「ひょっとしたら。」と最後の希望にかけていた。というのもバイエルン州は、他の州とは大きく異なる特別の州。CSUの党首はなりふりかまわぬ言動で、党の支持率を低下されることに余念がなかった。しかしヘッセン州の州知事は良識派。就任後、ほぼスキャンダルのない州政治を行なっており、さらにヘッセン州の経済はかってない好景気ぶり。バイエルン州と異なり、選挙民がこれを評価する可能性を信じていた。
が、ここでも選挙民は州政府、州知事の政治を見ないで、中央政府の内部紛争を投票理由にしてしまった。政権にあるCDUは4年前から11%以上も得票率を落とし、過去50年で最悪の27%の得票率まで支持率を落とした。そしてもうひとつの国民政党であるSPDは、ほぼ同様の10,9%も得票率を落として、19,8%の得票率に留まった。国民が中央政府に満足していないことが、この選挙で如実に示された。
参照元 : Zeit
脇役の大躍進
二大政党が国民からこっぴどく罰せられた一方で、国民の人気を獲得した政党もあった。その筆頭に上げられるのは右翼政党ではなく、緑の党である。緑の党は先回の選挙から得票率を9%近くも伸ばすと、二大政党であるSPDを僅差で抜いて第二の地位に躍進した。環境保護を求める政党がここまで躍進したのは、一体、どうしたことだろう。
電力会社 vs. 環境保護
実はこれ、別の州、正確に言えばNRW州の騒ぎが大きな原因になった。NRW州と言えば、ルール工業地帯で知られる欧州でも最大の工業地域(だった)。その工業化の原動力となった石炭業は今でも健在で、巨大なシャベルで地表を削り取り、地上にあった村や町がその犠牲となっている。電力会社が採掘しているのは、地表に近い層に大量に蓄積している質の悪い石炭、「褐色炭」で、これは火力発電に使用される。
今年の9月になってから電力会社の伐採機は、最後に残っている森の木々を倒そうと、木々の伐採を始めた。しかし火力発電による二酸化炭素の放出が大きな社会問題となっているドイツで、二酸化炭素を酸素に変えてくれる森を切り倒し、二酸化炭素を大量に放出する褐色炭を採掘するという電力会社の方針は、社会から全く受けなかった。環境保護団体は言うに及ばず、一般市民まで森の保護を求めて木々の伐採の妨害行動に出た。そしてその妨害行動の一環で、死亡事故が起きてしまった。
参照元 : Tagesschau.de
ただでも社会に受け入れられない森の伐採により死人が出てしまうと、ドイツ社会にて、電力会社に対する嫌悪感を巻き起こした。正直な話、電力会社は森を伐採する裁判所からの許可をもらっており、法に違反していたのは環境保護団体、伐採を妨げる市民の方であった。しかし死人が出たことでこの議論、「褐色炭のために森を破壊することの是非。」は、感情的になってしまった。感情的になると、論理は通じない。
電力会社のイメージダウン
ここで電力会社が政治的な感覚を備えていれば、伐採を(一時)中止して、感情が収まってから(こっそり)伐採を開始するなど、他の方法もあったろう。しかし電力会社は、「伐採の許可をもらっている。」とあくまでも権利を主張、伐採を続けようとした。こうして電力会社は、ドイツ中で社会の非難の的になってしまった。ただでも二酸化炭素を大量に放出して人気のない電力会社のこと、もうちょっと政治的な配慮があっても損はしなかったろうに。こうして電力会社の「悪事」をとめてくれる正義の味方として、緑の党に票が流れた。
AfD,FDP,左翼政党
二大政党の凋落で、右翼政党のAfD、経済(企業)最優先を推奨するFDP、それに左翼政党まで得票率を延ばすことに成功した。これら「その他の政党」の中で最も得票率の高いAfDでも、得票率は13%に留まった。どの政党も右翼政党との協力を拒んでいるので、この程度では州政治に与えるインパクトはあまりない。唯一、政治的な意味を持つ可能性のあるのが、連立政権も可能な得票率7,5%のFDPだ。
過半数
ヘッセン州議会で過半数を制するには、
1. CDUとSPDの党の連立
2. CDUと緑の党の連立
3. SPD, 緑の党、それにFDPの3党連立
が可能だが、1の可能性は極めて低い。中央政府がCDUとSPDの連立で国民の反感を買っている手前、これを州政府で繰り返すと両政党はまだ残っている支持者さえも失う。そこで可能性は2か3番。すなわちCDUの党首(兼州知事)は、3つ目の可能性を阻止するために、なんとしても緑の党と合意に達する必要がある。合意に達しない場合、CDUはこれまで長年の権力地盤だったヘッセン州を野党に失うことになる。そうなれば、メルケル首相の党首再選は夢物語。州知事は大きな犠牲を払っても、緑の党と同意に達するだろう。*
メルケル首相、再選なるか
ヘッセン州選挙後、争点は来月に行なわれるCDUの党大会に向けられている。まだ残ってるメルケル支持派は、彼女のこれまでの実績を評価、そして大敗を喫したバイエルン州、ヘッセン州ではCDU/CSUがまだ政権の座にある事を示唆している。その一方でますます勢いを増す反対派は、メルケル政権下ではCDUの凋落はバイエルン、ヘッセン州だけに留まらないと、早期の党首交代を望んでいる。もっとも尻に火がついたのはメルケル首相だけではない。
ナーレス党首、最後の戦い?
党内の反対派をなだめてCDUとの連合政権を可能にしたナーレス党首だが、あまりにもひどい連合政権の振る舞い、女史の誤った政治判断、州選挙でのかってない規模の敗北により、女史の降板を要求する声がかなり大きくなってきた。ナーレス党首反対者の旗手は若手党員団長のキューナー氏。かってナーレス女史がCDUと連合政権を組もうと党員を動員する中、同氏は「大連合下でのSPDの将来は暗い。」と予言した。まさにその予言が的中しており、氏の言葉は党内で無視できない影響力を持っている。
そのキューナー氏は、これ以上の惨劇を防ぐため、SPDの党大会を2019年から2018年に前倒することを要求している。
参照元 : T-online
早い話が党大会で新党首、それも自分を選出されることを望んでいる。若いが饒舌なキューナー氏が党首選に立候補すれば、過半数の党員を説得できるかもしれない。
もっともSPD党内では、「まずは12月に行なわれるCDUの党大会の行方を見てみよう。」という声が支配的。この間隙を利用して、ナーレス女史は埋められてしまった外堀の再採掘に熱心だ。仮にメルケル首相が退陣になった場合、 「次はSPD。」という機運が高まり、来年早々に臨時党大会が開かれて、ナーレス党首の退陣となるやもしれない。そうなった場合、CDUとSPDの連立政権の解消は避けられず、ドイツは2019年に総選挙になり、政治混乱は避けられそうにない。
* 編集後記
2018年12月20日、CDUは緑の党との連立政権協定書のサインを交わした。得票率を大きく落としたCDUは緑の党に二省庁(厚生省と文部科学省)を譲ることを余儀なくされたが、新しくデジタル省を創設したので党が失う省庁は1つだけに留まる。
参照元 : FAZ
残すところは州議会で信任投票を行いBouffier党首を過半数で州知事に選出だけ。日本なら形式上の問題だが、ドイツではそう簡単には運ばない(こともある。)というのも連立政権はわずか1票差で過半数を制す。一人でも党の政策に不満な議員がいれば、こっそり反対票を投じ、党首を退任に追い込むこともできるからだ。果たして連立生政権は無事、成立するだろうか。