次期党首に一番近いカレンバオアー女史
2019年9月のバイエルン州での州選挙、10月のヘッセン州での州選挙にて大敗を喫したCSU/CDU。メルケル首相も、「このままでは、次期党首選に立候補しても勝ち目はない。」と悟ったほどの負けっぷりだった。
ヘッセン州選挙の敗北を消化していた10月末、「メルケル首相、12月の党大会では立候補しないらしい。」という臨時ニュースがテレビやラジヲで一斉に流れた。翌日、首相は記者会見を開き、「連立政権の今の姿は見るに見かねる。新しい章を書く時だ。」と語り、12月の党首選にはもう出馬しない事を明らかにした。
参照元 : Tagesschau
この記事の目次
首相の決断の裏事情
この記者会見で首相はすでに今年の夏、すなわちバイエルン州での州選挙の前にこの決断を下していたと語った。どうも言い訳っぽい。本当に夏の時点で党首への立候補を諦めていたのなら、これを選挙前に発表すれば、バイエルン州やヘッセン州での敗北はあそこまでひどくならなかったろう。
これをせず、二度も大敗を喫したのを見届けから発表した背景には、「あわよくば。」という本人の意思があったに違いない。とは言っても、これまで自主的に首相の座を明け渡した例はない(注1)から、メルケル首相はいい意味での前例を作った。
首相辞任?
CDU ではこれまで党首が首相になる党人事を採用してきた。日本の自民党と同じ政策だ。メルケル首相が党首選に立候補しないなら、「では首相からも辞任するのか。」という疑問と、かすかな希望が芽生えた。この質問が出ることを予想していた首相は、「首相の職務は2022年までは全うする。その後は政界から引退する。」と自身の退職計画について述べた。果たして計画通りにいくだろうか。
メルケル首相の後継者は?- 3人の党首候補者
本来ならば首相は後継者を育て上げるものだが、メルケル首相は党首にあった18年間、政敵を潰すことに余念がなかった。そしていざ党首の椅子が空くことになると、後継者は確定していなかった。こうして次期党首を目指すCDU党員は、(自由に)次期党首に立候補できることになった。メルケル首相の発表から党大会まで1ヶ月少々しかなかったので、志願者には長く考える暇はなかった。ほぼ1週間で立候補者が出揃ったが、メルケル首相自身は、賢いことに希望の後継者を指名することは避けた。
後継者に一番近いのが、昨年、幹事長に抜擢されたばかりのカレンバオアー女史だ。女史はドイツのもっとも東にあるちっぽけな州、ザールランドで州知事の座を12年も守ってきた実績のある政治家だ。当然党内でも男性党員からの支持率も高く、とりわけ女性議員同盟は彼女を後任者に推すと声明を出しており、もっとも有力な候補者だ。
次の候補者は、かってメルケル首相の政敵のFriedrich Merz氏だ。同氏は党内で国会議員団長の地位まで上り詰め、次期党首と揶揄された。しかしメルケル首相との権力闘争に敗れ、10数年前に政界から退いた。しかし同氏の経済専門家としての評価は高く、政界からの引退後は大企業の顧問に就任していた。この度、「やっとメルケルが退いた。」と喜んで立候補したが、すでに62歳。日本からみれば十分に「若手」だが、政治家の世代交代が望ましく、もう少し若い政治家を期待したいところだ。
その欲求を満たしてくれるのが、第三の候補者、厚生大臣のJens Spahn氏だ。若干38歳。同性愛者でありながら、カトリック教徒である。この矛盾を隠さずはっきりと言う氏の態度は、CDU 若手議員の人気を博して希望の星だ。はっきり物をいう言う同氏はメルケル批判派の旗手だったが、メルケル首相は今回、同氏に白羽の矢を立てて厚生大臣に抜擢した。
そして案の定、数多くの失言で社会の注目を浴びている。保守的な議員からの支持は少なく、同氏が次期党首に選出される可能性はかなり低い。もっとも賢い同氏はそんなことは、お見通し。今回の党首選で少しでも名前を売って、次回の党首選に向けて地場を固めるのが同氏の目録のようだ。
メルケル首相の後継者は?
順調に行けば、12月の党大会では次期党首はカレンバオアー女史になりそうだ。女史はメルケル首相によって幹事長に抜擢された経緯があり、首相に恩がある。彼女が党首に就任した暁には、女史はメルケル首相の意向を受け入れて首相の引退を待ってから、首相候補として立候補することになるだろう。
別の可能性。
だがもしメルツ氏が党首になった場合は?メルケル首相に煮え湯を飲まされた過去のある同氏が、2022年まで首相就任を待つことはないだろう。何かの理由、あるいはメルケル首相の間隙を狙って、メルケル首相をその座からひきづり下ろすに違いない。これが理由でメルケル首相は密かにカレンバオアー女史を支援している。これまでのところ、首相の思惑通りに運びそうな雲行きだ。それともメルツ氏の復讐なりや?と思っていた矢先、同氏は党首候補として収入を公開した。
そこには氏が大企業の顧問として100万ユーロ(1億3000万円)の収入(税込み)があることが明記されていた。「100万長者じゃないですか。」という記者からの質問に、「中間層の上レベルだ。」と回答、社会から顰蹙を買った。
参照元 : Merkur.de
お金持ちがちやほやされる日本と異なり、ドイツでは名のある大企業の顧問で大金を稼いでいる人は選挙民に受けない伝統がある。8年前の総選挙でSPDの首相候補は公演を行い、125万ユーロも稼いでいた。
参照元 : Spiegel Online
これがドイツ国民には全く受けず、総選挙ではメルケル首相に大敗、政界からの引退を余儀なくされたことがある。幸い、次期党首を選ぶ投票を行なうのは党員のみ。メルツ氏にチャンスは(まだ)あるだろうか。
編集後記 – AKK 次期党首選を制す
CDU 党内の重鎮、ショイブレ前財務大臣、現国会議長がメルツ氏を推し、次期党首戦は思ったよりも接戦になった。それともザールランドで18年もCDUの居城を守り抜いてきたカレンバオアー女史への信頼は、男性議員からも、厚かった。
決戦投票では、AKKの愛称で呼ばれるカレンバオアー女史は52%にあたる517票を獲得してCDUの次期党首に選出された。メルツ候補は48%の482票を獲得していたが、前評判からするとかなりの善戦だ。
参照元 : Frankfurter Allgemeine
党首に選出された女史は目に涙を浮べて、彼女を支持した党員に感謝した。その影でメルケル首相もほっとしたに違いない。メルツ氏が勝っていれば、メルケル首相は早期退陣を迫られていただろう。メルケル首相は満面に笑顔を浮かべ、花束で新党首を祝福したが、この笑顔は本心から出たものだろう。
「これでめでたし、めでたし。」と思っていたら、そうは甘くはなかった。AKKは52%の支持を得たが、48%は対立候補を支持していたのだ。この対立候補者の支持層を取り込まないと、首相に就任できてもメイ首相のような孤立無援政権になる。そこでメルツ氏を政権の要職に就け、同氏とその支持者の支援を取り付けたいが、すでに大臣の席は埋まっている。
さらにメルツ氏もまだまだ首相の夢を捨てておらず、敗北後も引退宣言をしなかった。今後の見のフリも明らかにしておらず、AKK が失態を犯して早期退陣に追い込まれることを虎視眈々と狙っている。
注1)
ブラント首相の秘書官スパイ事件での辞任など、辞任に追いこめられたケースはあるが、首相が己の意思で退陣を決めたことはない。