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東ドイツ復興税 – 改正案の違憲問題

投稿日:2019年9月12日 更新日:

東ドイツ復興税 - 改正案の違憲問題

1989年、ドイツは二度目の統合を果たした。最初のお祝いムードの中、政府は技術的に遅れた東ドイツの産業、ボロボロのインフラをどうやって近代化するか?という問題に直面した。当時の東ドイツを代表するのは、フォクスヴァーゲンではなく、トラビの愛称で呼ばれていた粗悪な東ドイツ車。ボデイーは金属ではなくプラスチックで出来ていたので、プラスチック爆弾とも呼ばれた。

この車はメルセデスとBMWと競争する必要はなかったが、オペルやフォード(フォードはドイツで生産してます!)の足元にさえ及ばないのは、誰の目にも明らかっだ。問題は東ドイツの産業全体が、多かれ少なかれ、このトラビと同じ状況だった事。

西ドイツで成功を収めている会社が、東ドイツに工場を建てようにも、インフラが整備されていないので、まずは道路から整備しなくてはならない。ひどい場合には電線から敷設する必要があり、工場で必要な電力を安定して供給するには、それには発電所、変電所から建設する必要があった。

これには天文学的な額の金がかかることになる。そこで政府はベルリンの壁の崩壊に歓喜する国民のムードを利用して、新しい税金を導入した。

団結付加金 / Solidaritätszuschlag

その税金の名前は、団結付加金 / Solidaritätszuschlag だ。名前だけ言ってもピンとこないこの税金、最初に導入されたのは1991年。当時は湾岸戦争中なので、戦争費用と中東諸国の援助、及びドイツの統合費用として、1年間だけ導入された

これが原因で税金の名前は、団結付加金という名前になった。当時、「日本は湾岸戦争に大金を払ったのに、お礼の広告で日本の名前が挙がっていなかった!」と不満たらたらだったが、ドイツも戦争費用の15~20%を負担したので、この特別な税金が必要になった。ちなみに税率は7.5%という、とても高額なもので、所得税と団体(組合)税に上乗せされる形で徴収された。

嘘で固められた 東ドイツ復興税 導入

税金は一度導入されると、それがどんなに正当な理由であれ、廃止されることはない。団結付加金も同じで、1992年、「6か月だけでいいから。」という約束で団結付加金が再び、今度は3.75%の税率で、課税されることになった。この税金収入はドイツの統一費用、すなわち東ドイツの復興費用に充てられことになった。

これに従い、税金には新しい名前が付いた。”Sonderabgabe für den Aufbau Ost”、すなわち東ドイツ復興税だ。しかし法令上では、団結付加金 / Solidaritätszuschlag という名前のままだ。これはドイツの法令上の問題があっての事。

1993年、1994年、この税金は課税されることがなく、「やれやれ、これで終わった。」と安心していた。ところが1995年、「どんなに遅くても1999年には終わらせるから。」という理屈で、またしても東ドイツの復興税が導入された。その税率は7.5%と、かなり高かった。

これも理由で当時、ドイツは不況に陥った。税金が高くて国民は出費を抑え、国内消費が冷え込んだためだ。日本でも消費税が5%からら8%に上がった際、国内消費ががっくり落ち込んだ。日本のケースではわずか3%の税率アップだが、復興税はゼロからいきなり7.5%の税率アップだ。

1998年以降、税率は5.5%に下げられたが、東ドイツの復興税の課税期間は、1999年までから2019年までに10年間も延長された!

 CDU/CSU と東ドイツ復興税

2017年、総選挙で連立与党は大敗を喫した。社会民主党はとりわけご機嫌斜めで、「大連合の存続はない。」と離婚状を叩きつけた。そこで最大得票を獲得した CDU/CSU は、FDP と緑の党との三党連合政権の話し合いになったが、富裕層を支援層とするFDPは2019年末日をもって、約束通りの東ドイツの復興税の完全撤廃を要求した。

これに(何故か)反対したのが、 CDU/CSU で、三党連合政権の話し合いは難航、結局は座礁した。

すると社会民主党は離婚届を回収、 CDU/CSU と大連合政権を組む(続ける)ことに同意したが、条件を出してきた。それは東ドイツ復興税を、一般市民(社会民主党の狙う選挙民層)にだけ廃止する事。お金持ちや大企業には、今後もこれまでと同じ通り、払ってもうらうというもの。

これに反対したのが CDU/CSU で、東ドイツの復興税の全国民に対する撤廃を要求した。そう、2年前は全国民に対する復興税の全廃に反対した党が、今度は復興税の全廃を要求しているのだ。何故、こんな一貫性のない政策を?CDU/CSU は党に多額の献金をしているお金持ち、大企業のご機嫌を取るために、態度を見せたかったようだ。

東ドイツ復興税 改正案

復興税の一部廃止を要求する社会民主党との調整に入った CDU/CSU は、コロリと態度を変えて、社会民主党の法案骨子に同意した。法案の骨子は以下の通り。

  • 独身者でお給料(税込み)が、7万3874ユーロ未満は全廃
  • 独身者でお給料(税込み)が、10万9451ユーロまでの人は一部課税
  • 子供二人の家族のお給料(合計、税込み)が15万1990ユーロ未満は全廃
  • 子供二人の家族のお給料(合計、税込み)が22万1375ユーロまでの方は一部課税

参照 : Spiegel

この改正により、国民の90%は復興税の支払いから解放される。払うのは10%のお金持ち。しかしそのお金持ちの払う額は半端じゃない。東ドイツ復興税は現在、170億ユーロもの収入がある。改正後は100億ユーロ減って、70億ユーロになる。

そう、実は富裕層の10%が、国民全体の復興税収入の60%を払っていたのだ!そして「この富裕層には今後も払ってもらおう!」というのが、法案の骨子だ。と思ったら、またして政治家は隠し事をしていた!この改革案は2021年からの実施になっていた。

またしても約束破りで、政権は税金を(こっそり)1年延ばそうとしている!こんなことがドイツで許されるのだろうか?

東ドイツ復興税 – 改正案の違憲問題

法律家の意見を聞くまでもなく、この法案は憲法上の大きな問題を二つ抱えている。まず最初は、国民の一部だけがこの税金を払うこと。ここで何度も紹介しているように、ドイツの憲法の一章で、「法の前ではすべての人間は平等である。」と謳われている。

すなわち税金を徴収するなら、金持ちからも、そうでない人からも徴収しなくてはならない。その際に税率を変えることで、平等に負担をするという原則が成り立つ。しかし改正案では国民の90%は納税義務から解放されて、10%だけ払うことになる。これは平等の原則とは言えない。

さらには復興税の撤廃が、約束されていた2019年末ではなく、2020年末にこっそり伸ばされている。

アジアのみせかけだけの民主国家なら、政府の主張はそれでも通るだろうが、法治国家ではそうはいかない。訴えは長く待つまでもなかった。

かっての税務署の役人が国を違法で訴える!

バイエルン州に住むカップルが、「政府の法案は、憲法違反だ!」として財政裁判所に訴えた。この訴状では、復興税が2020年も徴収される事を法律違反としている。

参照 : augsburger-allgemeine

この訴えを補佐するのが、納税者組合の弁護士だ。このテーマが政権にとっマズイのは、この納税組合の弁護士。彼は去年まで、税務署のトップ官僚で税金の徴収を監督していた。ここで十分な納税(合法な脱税)の知識と経験を得ると、敵と味方を変え、今度は市民の側に立って国を戦うことを選んだ。

当然、法令について知り尽くしているので、この元官僚が弁護士として訴えを持ち込んだことは、政権にとっては宣伝効果上、とってもマズかった。

国会の法務調査会が合法性に懸念を表明

連合政権にとってのイメージダウンは、それだけでは済まなかった。国会の法務調整委員会は、政府の復興税改正案は法律違反であるリスクを含むと判断した。

参照 : sueddeutsche.de

理由は上に述べた通りで、一部の国民だけに課せられる税金の合法性を疑っている。

改正案の裏に隠れた取引

何故、政府は違法の可能性のある法案を閣議決定したのだろう。税金欲しさに目がくらんだのか?それもあるかもしれないが、政府がこの改正案に同意した最大の理由は、連立政権のパートナー社会民主党をいたわる必要に迫られていることにある。

第二次大戦中のイタリアのように、社会民主党は選挙という選挙で敗退。士気は地に落ちており、「このまま最後まで連合を組むより、早く脱退したい。」と願っている。政権に残りたいのは、大臣職や要職に付いている党のトップだけ。党の支援基盤は一刻も早い連合離脱を要求している。

これが理由で CDU/CSU は譲歩して、違法の危険を含む改正案に同意した。至上課題は、かって失墜したムッソリーニをドイツの特殊部隊が救出したように、社会民主党をいたわって最後まで(あと2年間)連合政権に留まるらせる事。このためには、少々のリスクは受け入れる必要がある。

また社会民主党は、かって社会民主党最後の首相が廃止した「資産税」を再導入したい。資産税が復活すれば、税収入が60億ユーロ前後と見積もられており、これは復興税改正後の税収入にほぼ匹敵する。さらに選挙基盤に受けがいい。しかしこれは金持ち層を支援基盤とするCDU/CSU が同意しない。

そこで今回の東ドイツ復興税の一部撤廃となった。今後、裁判所が法改正を違法と判断すれば、次は資産税の再導入の議論があがってくるのは間違いない。

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執筆者:

nishi

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